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  ニューヨーク国連にあるマルク・シャガールのステンドグラスの窓

 ステンドグラスはキリスト教が普及した国では、非常に身近なものでした。ところが今や過去形になりつつあるというのは、そのような国々でも人々が教会に通わなくなったからです。それでもサッカーやラグビーの試合で選手が膝まづいて神を見上げたり、地面にひれ伏す姿を東京五輪で見かけます。

 キリスト教の聖堂は人々の信仰を高める重要な役割を果たしてきました。そこは人々を復活させる総合芸術の場であり、パイプオルガンや聖歌隊、参拝者の歌声が聖堂内に響き渡り、聖書に基づいた絵画やレリーフが飾られ、ステンドグラスから差し込む様々な色の光も人々の心を照らす効果がありました。

 今もその総合芸術は変わっていませんが、キリスト教を信じてきた国々でも、コロナ禍にも関わらず人々は神を求めなくなったといえるかもしれません。特にフランスはその典型で週末のミサに通う人は人口の1割にしか満たない状態です。

 そのフランスのみならず、世界中にステンドグラスを残した20世紀の芸術家、マルク・シャガールにとってはステンドグラス政策は人生後半の最大のライフワークでした。20世紀の芸術家でシャガールほど多くのステンドグラス作品を残した画家はいません。

 それも旧約聖書の宗教的テーマが多いところも20世紀を代表する芸術家としては珍しい。「私にとって、ステンドグラスの窓は私の心と世界の心の間の透明な仕切りを表しています。ステンドグラスの窓はスリル満点で、真面目で魅力的であることが求められます。それを通過する光のそばに佇む必要があります」とシャガールは言い残しています。

 フランス北東部メスにあるポンピドゥーセンター・メスで昨年11月から今年3月まで開催予定だった「シャガール、光の使者」展は、新型コロナウイルスの感染対策で美術館の閉鎖などが続き、今年8月30日まで同展は開催が延長されています。

 展示されているステンドグラスの関連した作品は、仏国内のメス、ランス、サルブールの聖堂のステンドグラスだけでなく、隣接するドイツのメイエンス、さらにイスラエル、米国、イングランド、スイスでの建物用に製造されたステンドグラスの窓のための試作品が集められています。

 これらは世界中の美術館や個人のコレクション、ポンピドゥーセンター、ニースの国立マルク・シャガール美術館のコレクションからステンドグラスに関係する絵画、彫刻、陶器、図面などが史上初めて集められています。技術の進歩、世俗から神聖なものへ、ユダヤ教からキリスト教へ、西洋近・現代美術の移り変わりを再発見できる展覧会です。

 シャガールは戦後の1956年より、亡くなるまで15の建物のステンドグラスを手掛け、試作品とはいえ、これらの作品が一堂に会した展覧会を観ると、全てのシャガールのステンドグラスツアーに出かけたくなります。実際、私はドイツ以外の全てを回っています。

 19世紀末にベラルーシユダヤ人として生まれ、2つの大戦に翻弄されながら戦後は疲弊したフランスに住んだシャガール。戦争で疲れ果て人々がなんとか荒廃から立ち直ろうとした時代に、今流行りのレジリエンス(回復力)を作品に込め、特に古い宗教的文脈を受け継ぎながら、教会のステンドグラスの光に命を吹き込んだのがシャガールでした。

 シャガールのステンドグラスの窓は、シャガールにとって、目に見えない普遍的な力を人々に与える存在だったことは明白です。古くて新しいステンドグラスは、戦後の卓越したステンドグラスメーカーによって実現されていることは、あまり知られていません。

 ただ、内心思うことは戦争のように人間の基本的生活が脅かされ、住む場所が焦土と化すような戦争では、人々は神を求めるのでしょうが、恵まれた環境に大きな変化のない現代社会では、コロナ禍といっても危機感も苦しみや痛みも感じない人が多く、特に若い世代はまったく感じていないようです。

 つまり、シャガールが提供するような癒しは、今の時代にどう響くのかという疑問が正直あります。そもそも人が教会に行かなくなっている現状もあります。歴史の記憶は大切です。シャガールの世界もベラルーシの故郷の記憶が詰まっています。

 同展示会は昨年、シャガールが制作したステンドグラスが献納されたメスのサンテティエンヌ大聖堂建立800周年を祝うことから企画されました。さらに日本人の建築家、坂茂が設計に関わったポンピドゥーセンター・メスの創立10周年記念の展覧会でもあります。
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