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 異文化を理解する上で重要になってくることの一つに権力の在り方があります。たとえば役人は国家権力を背負っているわけですが、フランスでは役人のサービス精神は疑われています。2015年に100万人以上のシリアやイラク難民が押し寄せた時も彼らはフランスに行きたがりませんでした。役人が高圧的で手続きに気が遠くなるような時間が掛かるからです。

 難民、移民の間でフランスの役所仕事の評価は非常に低く、それ知れ渡っています。だから、北アフリカから地中海を危険を冒してやってくる不法移民もイタリアやスペインをめざしてもフランスには来ません。人情味があり、どこかいい加減なイタリア人やスペイン人の国境警備隊の方が冷たい差別的なフランスよりはいいからです。

 フランスに住む外国人なら大抵、滞在許可証や社会保障、病衣になった時の病院の対応で嫌な思いをした人は少なくありません。その嫌な経験で憧れのフランスが、一気に大嫌いになるケースは後を絶ちません。2007年に始まったサルコジ政権で公共セクターの改革が行われ、役人の態度が良くなった時期もありましたが、今は逆戻りしています。

 私が教鞭をとっていたビジネススクールでも、役人志向の学生は最もエリート意識が高く、傲慢に見えました。彼らのフランスに対するプライドの根拠は文明の優位性です。フランス革命で近代市民社会を実現し、周辺国の専制君主制も終わらせた自負があるからで、彼らの視点は文明の優劣です。

 エリート意識の高いマクロン仏大統領が、親子ほど年が離れたトランプ前米大統領に対してアメリカでトランプ氏の国家主義の間違いを諭すような演説を行い、「まるで教師が生徒を諭すような態度だった」と米英メディアに書かれたこともあります。

 フランスでは今年5月、アヴィニョンでの麻薬取締りでエリック・マッソン警官が売人に射殺され、4月にはパリ西方ランブイエの警察職員のステファニー・モンフェルメさんが、イスラム過激思想に染まったテロリストに刺殺されました。

 昨年12月には、フランス中部での家庭内暴力事件の捜査中の警官3人が銃撃され射殺されています。その前の年の10月にはイスラム過激思想に傾倒するパリ警察本部のコンピューターオペレーターが、同僚の警官4人を刺殺しました。

 警察官組合は、国民議会議事堂前で抗議集会を行い、警官が日々命の危険に晒されながら任務を遂行している現状を訴え、改善を求めました。警官らの主な要求は、警察を攻撃する人には一定の刑を導入することです。日本でいえば公務執行妨害に対する厳罰を科すという要求です。

 なぜなら、多くの警官は犯罪者を逮捕し、刑務所に入れる現行の司法制度をほとんど信じておらず、同じ人物を何度も逮捕しているからです。つまり、再犯者があまりにも多く、警官らは恨みを持つ再犯者から命を狙われていると主張しています。

 フランスで議論になっているエスカレートした抗議デモで治安部隊の顔を撮影し、SNSに掲載され、後で個別に襲撃の標的となっている問題は、その典型です。警官にしてみれば顔を隠すなといわれても後で襲撃さるのは納得のいかない話です。

 警察官組合によれば、近所のパトロールや身分証明書の確認、交通取り締まりの最中に毎日18人の警官が負傷し、その数は増え続けているといいます。さらに暴動が頻発し、その取り締まりにあたった警官が後で襲撃されることも増えています。

 そんな中、フランスの警察官は暴力的で特にアラブ人や黒人に対して強圧的だという批判が上がっています。米国で黒人のジョージ・フロイドさんが警官によって死亡した事件から1年が経ち、警官の黒人差別に抗議する「ブラック・ライブズ・マター」運動はヨーロッパにも広がっています。

 フランスの警察官は一方で任務遂行に致命的な攻撃を受けていることに抗議しながら、一方で警察官の暴力性や差別が批判されています。この2つの問題は悪循環に陥っているともいえます。犯罪は凶悪化し、犯罪者の多くは警官を恐れなくなっており、攻撃も日常ですが、原因の一つは有色人種に対する差別です。

 これはアメリカと似た状況です。取り締まり中に警官が容疑者を死亡させる事件では、容疑者の多くは犯罪を繰り返す人間です。けっして善良で真面目に生きているとはいえない人間が警官に強く抵抗し、結果、死亡した場合が多いのも事実です。

 ただ、フランスの場合、警官の一般市民に対する敬意は希薄なようにも見えます。フランス人の友人はドイツのデュッセルドルフに住むようになって、警官の丁寧な態度に驚いたといっていますし、英国に住む友人は基本的に拳銃を持たない警官の態度は人権を尊重していると感じるといっています。

 一方、フランスではひどい場合は取り調べ対象者を家畜のように扱う場合もあります。私はパリ南西郊の貧困地区のヴィルジュイフで取り締まる警官と抵抗する不良グループに遭遇したことがありました。警官は強圧的でしたが、不良グループがまったく警官を恐れていないことにも驚かされました。

 確かに今のフランスの警官は、様々な行動制限があり、結果的に犯罪者は警官を恐れなくなっているのも事実です。だからこそ、公務執行妨害や警官への直接的暴力に対する厳罰化を求めているわけです。とはいえ、フランス人には警官に役人同様な上から目線を感じ、何らかの改善も必要です。

 フロイドさんの死があって、フランスでは2016年に身柄を拘束され、警察車両に収容された若い黒人のアダマ・トラオレ容疑者が「気分が悪い」といっても聞いてくれず、死亡した事件が思い起こされました。確かに警官の不備で死亡したアラブ系、黒人系の容疑者は何人もいます。

 それにアダマ・トラオレさんの妹は兄の死を納得できず、直接的に関わった警官の名前を公表したことで起訴されています。フランスの司法が警官の側に立っているのは明白ですが、簡単な問題ともいえない状況です。

 最近、フランスで導入された包括的治安法では、取り締まりを行う警官の撮影は禁止されるとしながらも、あくまで「身体的または心理的危害を引き起こす」意図的な試みの事例に限定されるとなっています。緊迫した現場でどう判断するのでしょうか。

 アラブ系、黒人への職務質問が白人を上回るフランスでは、基本的にアラブ系、黒人の犯罪率が白人より高いからというのが理由です。日本人の私も地下鉄内で正直アラブ人や黒人に恐怖を感じることは認めます。でもそういうアジア人の私も最近は「武漢ウイルス」が原因で危険に晒されています。

 実はフランス警察は、ヨーロッパで最も武装化されており、致命的な武器を自由に使うことができます。フラッシュボールとして知られるLBDランチャー、昨年までTNTが含まれていたゴムでコーティングされた弾丸や手榴弾も使っていました。これらは他のヨーロッパ諸国で禁止されている武器です。

 それだけ見ても権力についての考えが分かるというものです。果たして今後、どう改革されていくのか、この治安問題は来春の大統領選の重要な争点の一つとなるといわれています。

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