Black swan3

 ルールを守ることで国際秩序を取り戻すことをめざす米バイデン政権は、国際協調という言葉をよく使います。ルール、すなわち自由と民主主義、法による支配といった価値観を守る国の国際協調により、そうでない価値観を持つ中国やロシア、イラン、北朝鮮などの脅威を抑え込もうという動きです。

 日米豪印の協力関係「クワッド」も、ソ連の脅威を前にして結成された北大西洋条約機構(NATO)のような安全保障上の色彩が濃くなっています。ところが、かつて大西洋を挟んで同じ価値観を共有し、歴史的にも深い関係を持つ欧米大国が主導した世界とは、今は大きく違います。

 今月5日、ニュージーランド政府は、中国の新疆ウイグル族に対する人権侵害を「ジェノサイド」として非難する議会の動議を阻止しました。近年、急増した中国移民を抱え、最大の貿易相手国である中国に対して、ジェノサイトという決めつけに慎重な姿勢を見せました。

 ニュージーランドは、安全保障政策で長年米国と親密な関係を築き、最重要国であることに違いありませんが、経済的には中国の重要度は米国以上です。今、世界を見回すとニュージーランドのように米国にだけ忠誠を誓い、何でも米国と認識を一致化する状況にない国が圧倒的に多いといえます。

 隣国オーストラリアは、クワッドのメンバーで対中強硬路線に切り替えてはいますが、米国が主張するウイグル民族への弾圧をジェノサイトと断定することには慎重です。日本も同じことがいえるでしょう。圧倒的な資産と軍事力を持つ米国ならどんな厳しい対中外交を展開しても持ちこたえられるかもしれませんが、その他の国は経済ダメージへの懸念は不可避です。

 それに東西冷戦時代ほどのプレゼンスは米国にはありません。寄らば大樹の陰で米国の下に入れば、安全が保障される時代でもありません。加えてトランプ前米政権で、同じ価値観を共有する同盟国に対して米国への経済的依存度を改めるように言われ(ある意味当然ですが)、米国に突き放された感を経験し、自国でしっかり決めていくことの重要性を学んでいます。

 対中強硬路線に切り替えたオーストラリアは早速、中国からの報復に苦しめられています。面子を何よりも重んじる中国にとって、国内でジェノサイトを行っているというレッテルを貼られることは、国の沽券に関わる問題です。「内政干渉だ」と突き放しています。

 しかし、西側諸国としては、権力を掌握している中国共産党にとって不都合な存在に対して、いかなる方法をとっても排除するという姿勢は受け入れられません。かつて共産主義を信奉した独裁国家では同じことが行われたわけですが、21世紀に入ってからは人権という観点で受け入れられることではないはずです。

 しかし、小国や経済最優先の国では、どんな事情があっても中国を敵に回すことだけは避けたい国が圧倒的に多いのが実情です。欧州の経済大国ドイツの統計局が7日に発表した同国の貿易統計(暫定)によれば、2021年3月の輸出額は中国との貿易で輸出は37.9%、輸入は46.6%も急増し、全輸入で前年同月比16.1%増、輸入額は15.5%増となり、いずれも単月で過去最高を記録しました。

 メルケル政権が中国に対して及び腰になるのは当然です。ドイツに比べ経済規模の小さなニュージーランドとオーストラリアも最大の貿易相手国中国に盾突けば、報復のダメージは甚大です。スコット・モリソン豪首相が新型コロナウイルス起源を巡る国際調査を要求したことが癇に障った中国は、大麦や牛肉など一連の豪輸出品に制限を課しました。

 ニュージーランドの場合は、クワッドには入っていませんが、米英豪カナダと機密情報を共有する枠組み「ファイブ・アイズ」についても、対中包囲網に目的がシフトしていることを歓迎していません。価値観だけで国際協調できる時代は終わっていると言えます。

 最終的には著しい残忍な人権侵害、宗教弾圧に対して、経済よりも譲れない価値観があるという毅然とした態度がとれるかどうかが問われているわけですが、他国のために命を懸ける国もないのが現実かもしれません。