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 欧州連合(EU)は22日の外相理事会で、中国国内でイスラム系少数民族ウイグル族への不当な扱いが人権侵害にあたるとし「明確すぎる証拠もある」として、中国の当局者らへの制裁を採択しました。EUの対中制裁は実に天安門事件以来の約30年ぶり、中国も即座に報復制裁を発表しました。

 EUは、日本、韓国を訪問後、アラスカでの米中外相会談を終えたブリンケン米国務長官が22日にEUに到着するタイミングで制裁を採択し、米国への協調姿勢を示した形です。米英豪が対中人権外交を足並みを揃えたのを受け、EUは何もしない状況ではいられない状況だったといえます。

 実は、EUは昨年12月に「グローバル人権制裁制度」を導入し、他の外交政策と切り離し、人権問題だけに焦点を当てた制裁の意思決定をしやすくしました。背景には昨年夏、欧州を外遊した中国の王毅外相に対して、訪問先の加盟国で香港の民主主義の根幹を揺るがす国家安全維持法の施行やウイグル族への弾圧、台湾への圧力を批判しながらEUとして統一した見解を出せなかった経験がありました。

 あくまで人権問題は経済や安全保障とは切り離し、制裁措置をEUとして発動できるという理屈です。そのため、今回の制裁発動はロシアや北朝鮮、南スーダン、リビアの当局者、ミャンマーの国軍クーデターに関連して国軍関係者11人にも制裁を科しています。

 しかし、面子を何より重視する中国としては、国際的な汚名を放置するわけにはいかず。同日、ロシアを訪問中の王毅外相は指摘されたウイグル問題は「真っ赤な嘘」とし、中国報道官は「嘘による制裁には大きな代価を支払わせる」と凄味、報復制裁を発表しました。

 EUの制裁対象としては、新疆ウイグル地区の幹部ら中国共産党当局者4人と1団体としており、イスラム系ウイグル族が不当に拘束され、収容所に強制収容されているほか、収容所での強制労働やウイグル族の女性の不妊手術を強制している明白な証拠があるとして、制裁は正当なものとしています。

 EUは近年、ドイツを先頭に中国との経済関係を深めており、昨年12月末、米国の制止を振り切る形でEU・中国間の投資協定を大枠で認める署名を行いました。今年に入り協定の批准に必要な欧州議会が異議を唱え、足踏み状態に陥っています。

 今回は、単なる人権外交のメッセージではなく、具体的制裁という形をとったことで、中国への警戒感をあらわにした形ですが、EUにとってはバイデン米政権が掲げる西側同盟国の協調による中国封じ込め外交は、古いイデオロギー時代の欧州ならともかく、今も経済最優先の現実路線からすれば、米国追随も利益にならない側面もあります。

 たとえば、フランスのサルコジ政権時代、北京オリンピックを前にしてチベット宗教弾圧を問題視し、仏中関係は急速に悪化し、中国国内での仏製品不買運動にも発展しました。フランスの財界の代表はサルコジ氏と面会し、経済関係の悪化を訴え、やがて対中制裁に踏み切ることもなく、収束していきました。

 今は1年以上続くコロナショックで欧州は甚大な被害を受けており、今は英変異株の蔓延でフランスに次ぎ、ドイツもロックダウン延長を決め、経済活動は大きく制限されています。米国ほどの経済的体力のないEUは、中国マネーをあてにしていることは確かで、関係悪化は避けたいところです。

 外交で制裁のパンチを出したとしても、それはジョブ程度で本音では中国の反応を見ながら最小限にとどめたいところでしょう。EUが信じる多国間主義は、国ごとの様々な体制や文化を受け入れるのが前提です。中国が社会主義を続けること自体に真っ向から反対しているわけではありません。

 そこに原則論で外交を展開しようというバイデン政権が登場し、価値観を相手に押し付けるような姿勢が見られる今、協調はいいけれど価値観の強要には加担したくない側面もあります。欧州のイメージは価値観優先に見えますが、21世紀に入り、フランスで社会民主主義が衰退したように、イデオロギーでは経済問題を解決できないという認識に代わっているのは確かです。

 私は個人的には「今にトランプ前政権のディール外交を懐かしがる時が来る」と見ています。バイデン外交は原則論と裏取引という旧来の古臭い手法で問題解決にはつながらない可能性があります。トランプ政権が生んだ国内外の分断は問題もありましたが、正しいものは何かをはっきりさせる意味では機能していたと思います。トランプがいなければ中国の正体は分からず仕舞だったのは確かです。

 EUは制裁措置を発動しながら、せいぜい中国に対して国際ルールを守るように迫るだけで、未だに「大国になれば国際的責任も増し、ルールを守るようになる」という幻想を抱き続けています。そんな常識は中国には全く通用しないことに、未だEUは気づいてはいません。

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