American flag coronavirus

 アメリカ連邦議会は7日未明、大統領選の選挙人投票の集計を完了し、バイデン次期大統領の勝利を確定しました。前日午後にトランプ大統領が同氏支持者のデモ隊を煽り、連邦議会議事堂に乱入し、4人が死亡したことで、上下両院総会でのペンス議長(副大統領)と何人かの共和党議員がバイデン氏当確阻止を断念したことが致命傷になりました。

 前代未聞の政治経験のないビジネスマン出身の型破りのビリオネアに賭けたアメリカ国民の期待は、4年後に想定外の連邦議会乱入事件で幕を閉じた形です。権力を持つ人間の大衆を動かすパワーはトランプ氏の想像を超え、暴力をエスカレートさせ、途上国の独裁国家でしか見ない議会の様相を最も民主主義が進んだ国といわれるアメリカで見ることになりました。

 にわか仕立ての歴史のない国の漸弱さが露呈したともいえるものでした。素人政治家は独善に走り、周囲の忠告に耳を傾けず、高齢ということもあり、ホワイトハウスの官僚主義をぶち壊すことを公約に掲げたトランプ氏は、学ぶ謙虚な姿勢が希薄だったともいえます。

 しかし、アメリカという国のリーダーシップのあり方を見せつけられたわれわれは、過去にない高く、深いレベルでアメリカを理解したのかもしれません。連邦制の下で大統領を選ぶプロセスの複雑さまで知っていた人も少なかったはずです。同時にアメリカ人も選挙システムに潜む問題点に気づいたのかもしれません。

 いずれにせよ、20日にバイデン氏に政権が移行したとしても、トランプ支持者は反バイデン運動を継続することが予想され、分断はさらに深まる可能性も高いといえます。さらに6日のジョージア州の上院選決選投票で民主党候補2人が議席を獲得したとはいえ、共和党との上院での力関係は僅差なために政権運営は容易ではないといわれています。

 さらにバイデン氏自身、民主党内で力を持つ左派からの圧力に晒され、分断回避のための穏健な妥協を優先する政治も行えない可能性もあります。何より左派が送り込んだ過激なハリス次期副大統領と意見が対立する可能背もあります。ハリス氏は副大統領と上院議長という2つの権力が自分の手に転がり込んだことで暴走する可能性もあります。

 リーダーシップという点では、トランプ氏の4年間は、まさにアメリカ人が理想とする旧約聖書に出てくるモーセのようなストーリー展開でした。腐敗したワシントンのエスタブリッシュメントの悪しき慣習を破壊し、リベラル派によって弱体化されたアメリカを再び偉大な国にする戦いは、きわめて宗教的戦いだったともいえます。

 アメリカの原点ともいえる神によって準備された理想の国を追い求めるトランプ氏の信念は、エジプトを抜け出したイスラエル民族が取り戻すべきプライドでした。しかし、砂漠の厳しい環境で不平不満を抱えたイスラエル民族は、やがてモーセがシナイ山に上って神から石板を受け取る間に金の子牛を作って偶像崇拝し、それに怒ったモーセが大事な石板を叩き割ったとあります。

 まさにトランプが怒りを爆発させ、最後は支持者をして連邦議会を襲わせたことは、絶対に割ってはいけない石板に掛かれた10戒、つまり自由と民主主義を守る連邦議会の神殿を破壊する暴挙に出たともいえます。それまでも反対し従おうとしない側近たちを何人も首にしたトランプは、最後は裸の王様だったのかもしれません。

 しかし。最後まで信念を曲げない姿勢そのものは、アメリカではリーダーとして尊敬される重要な要素です。信念を曖昧化し、妥協を繰り返すリーダーは尊敬されません。無論、それは独善に陥るリスクもありますが、民主主義はその場合、権力の暴走を許さないシステムにもなっています。

 同時にアメリカを読み解く2つのキーワードと私がしている貴族文化と慈善活動でいえば、慈善活動を支える善良さが極端に弱体化してしまったのが今のアメリカといえます。貴族文化は自由を保障することでどんな金持ちにもなれる機会が与えられていることで、最終目標はヨーロッパの貴族レベルの生活をすることです。

 トランプタワーの自宅の豪華絢爛な貴族趣味のヨーロッパスタイルの家具や内装、調度品はアメリカ人のゴール、成功の意味の一つを物語っています。大金を手にすると人間は堕落するという考えは希薄です。

 一方、その手にした金の中から恵まれない弱者に寄付をすることもアメリカ文化です。より恵まれた者は、より社会のために生きるべきということで、マイクロソフトのビルゲイツはビル&メリンダ・ゲイツ財団という慈善基金団体を運営し、エイズ治療などに莫大な資金を提供しています。

 アメリカの金持ちたちには、慈善活動を競い合う文化があります。手にした金で社会貢献していることで金持ちは足を引っ張られずに生きていけるのがアメリカ社会です。

 無論、この人道主義の文化は弱者救済のキリスト教の価値観から来たもので、そこには保守もリベラルもありません。しかし、これはあくまで当人の良心が頼りなので、その良心は基本的に信仰によって育まれるものです。アメリカはその善良さが大きな長所でした。

 民主主義を支えるのも国民の良心が頼りです。しかし、今回のコロナ禍ではっきりしたことは、欧米諸国の善良さが落ちていることです。日本が要請レベルで1年間、感染者を低く抑えられたのは他の人にウイルスを感染させてはいけないという国民の良心の高さにあると私は考えています。

 西洋人がマスクをしないのは、その習慣がないだけでなく、マスクは自分のためにするもので、その効果がないならしないということで、他の人への感染を意識するのは困難な状況です。もし新型コロナウイルスの感染を完全に阻止できるマスクが登場すれば、あっという間に普及するでしょう。

 国民の善良さが失われれば、民主主義は崩壊します。ヨーロッパはすでに良心を育てる宗教を社会の隅に追いやって長い歳月が経つため、その善良さはあてになりません。それは30年のヨーロッパでの生活で肌身に感じることです。

 アメリカはヨーロッパよりは歴史も浅く、建国に宗教が深く関わったこともあるため、ヨーロッパ人よりは善良です。例えば最高裁判事に2018年に指名されたブレット・カバノー氏の高校大学時代の性的気品行が問題視されましたが、フランスのメディアは、そんな昔のことを問題視することをアメリカを道徳的潔癖症と馬鹿にしました。

 そのフランスでは在任中のオランド大統領の不倫が発覚しても大統領としての資質を問題視することはありませんでしたが、日本では不倫が発覚して辞任に追い込まれた政治家もいます。

 今、アメリカの善良さが落ちていることがアメリカ社会を弱体させているように見えます。ほんの一部の金持ちが、小国の国家予算を上回る資産を手にし、国家以上の影響力を持つ存在になる時代、誰もが一攫千金の夢を見て拝金主義に走るような不健全さをけん引しているのがアメリカです。

 バイデン政権は決して安泰ではなく、社会の分断だけでなく対中貿易戦争は激化も懸念され、ますます覇権主義を強める中国を抑え込めなくなり、それだけでなく、良心の低下したアメリカに振り回される状況は憂慮すべきものがあります。日本の役割は大きいといえそうです。

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