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 リモートワークが浸透する中、電話やメールのレスポンスが早くなったという話はよく聞きます。理由は基本、リモートワークする人間はパソコンの前を離れないからです。電話したら、担当者は外出中、会議中ということがないはずですから当然のことです。

 それにオフィスにいれば、マルチタスク型の日本人は特に並行していくつもの仕事をするケースは少なくありません。雑用を上司や同僚とこなすこともあるでしょう。日本の組織は個人に明確なミッションが与えられ、それ以外と関わる必要のない欧米型とは異なり、個人の職務は他の同僚と幾重にも重なっているのも仕事を多忙にしています。

 そもそも社会学者エドワード・ホールが提唱したMonochronic(時系列志向)文化と Polychronic(同時並行志向)文化の分類によれば、欧米人は物事の処理は一つずつ行い、1回に一つの課題に取り組むMonochronicなのに対して、日本人は複数の仕事を同時に進め、同時に多くの事をするPolychronicといわれています。

 オフィスにいれば、マルチタスクは容易ですが、リモートワークには向きません。それに今ではチームワークなしの仕事は減る一方で、電話やメールのレスポンスは早くなり効率化が進む一方、チームで生産性を上げるのに苦労している会社は少なくありません。

 それに働き改革でワーク・ライフ・バランスが強調されていますが、在宅勤務が極端にワークに重心のあった日本の働き方が、リモートワークが大きく改善されたかといえば、プライベート空間に仕事が持ち込まれ、パソコンの向うに上司や同僚、クライアントの顔があると自宅にいるのにリラックスできない状況が生まれたりしています。

 リモートワークになって自分のタスクに集中できる利点がある一方で、勤務時間が曖昧になり、以前とは異なる次元で多忙になったという人も少なくありません。ワークとライフの切り分けが困難になることで家に職場のストレスが直接持ち込まれるようになり、家庭の雰囲気が悪くなったという事例も報告されています。

 この仕事とプライベートの境界が曖昧化する中、ハーバード・ビジネスレビュー(HBR)は「忙しさを競い合う悪しき文化をどうすれば変えられるか」という論考で、たとえば「忙しい文化を撃退することに、会社は徹底的にコミットする必要がある」とした上で、一生懸命働く従業員に報奨金を出すより、むしろ、忙しくしないことに対して会社側が手当を支払うほうが効果的」と提案しています。

 つまり、多忙化の弊害に対して「仕事を減らすことに対価を支払うのは、深刻になりつつあるこの問題に対する適切な解決策だ」と指摘しています。この公私の境界線についてはフランスは先進国で、たとえば、リモートワークでなくともたとえば18時以降のメールのやりとりを禁止するなどが企業だけでなく、労働基準にも定められていたりします。

 実際、数年前からその方法を導入したテクノロジー企業フルコンタクト(FullContact)の事例も紹介し、社員が週末、仕事関係のメッセージをチェックしない、仕事をしないなどのルールに従えば7500ドルの年次休暇手当をもらえるようにして大きな成果を上げている例を紹介しています。


 HBRによれば、アメリカでは5分の4以上の従業員が週末に仕事関連のメールを送り、10人のうちうち6人近くが休暇中に仕事関係のメールを送受信しており、半数以上が夜11時以降にメールをチェックしている」と指摘されています。

 「こうした行動は、従業員の健康や満足度、生産性に大きな影響を及ぼす。幸い、こうした行動をマネジャーは容易に追跡でき、境界の設定を促すきっかけとして利用することも可能だ」とも書いています。

 日本ではどうでしょうか。生産性を軽視してきた日本では「忙しいことはいいことだ」という神話が今も定着し、「長時間労働して何が悪い」という日本人も少なくありません。むしろ、忙しくないことの方が不安を感じるともいわれています。

 しかし、公私のメリハリが仕事の効率化、生産性向上に大きく貢献することはすでに科学的にも証明されています。リモートワークで過労死した事例は、まだ聞いていませんが、今後はそんな犠牲者が出るかもしれません。

 リモートワークで自分を消耗させないための工夫は会社も従業員もともに取り組む必要があります。特にマルチタスク型の日本人は、今度はワークとライフを同時進行的にこなす状況を作り出している人もいるでしょうが、境界線の曖昧化はワークにもライフにもいい影響を与えないことを知るべきでしょう。

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