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 日系企業の人事担当者が頭を悩ますのは「グローバル人材を育てたいが、どんな人物像を描くべきか分らない」ということです。人材育成に目標とすべき人物像のイメージ化は非常に重要でが、漠然としてあるのは、まず英語ができること、異文化にストレスを感じにくいことくらいです。

 しかし、そもそもグローバル人材が必要となったグローバル化という状況への認識が曖昧なことが問題です。よくある話はグローバル人材は必要だが、経営幹部からすれば、会社自体をグローバル化するつもりはまったくないというパターンです。

 勝手知ったるドメスティックな国内ビジネス環境で必至で戦い、結果を出してきたことで出来上がったリーダーシップやマネジメントは当然、有用なものも多くあります。しかし、多くの想定外の自体が起きる海外で勝負するには、同じ方法は通じないのは自明の理であるにも関わらず、相手を知る努力なしに戦う企業は少なくありません。

 別の視点では、そもそもグローバル化とは何かという本質論です。東西冷戦以降、グローバル化は加速し、長期不況に悩む日本企業は海外に活路を見出す必要があったのは確かです。しかし、グローバル化がけっして正しい答えでなかったことをトランプ政権がアメリカに誕生したことで露呈しました。

 グローバル化の象徴であるスイスのダボスを開催される世界経済フォーラム(ダボス会議)は、先進首脳会議(G7)に代わり、あたかも世界を主導する会議になろうとしていました。ところがダボス会議が開催される度に反グローバル活動家が抗議デモを行っています。

 彼らは極左やアナーキストたちです。反権力の旗印のもと、政治権力以上の力を持つといわれる巨大多国籍企業などの「指導者の横暴を許すな」が合言葉です。ところが彼らとはま逆な保守勢力のはずのトランプ大統領が「自国第1主義」を唱え、グローバル化で空洞化し職を失った弱者がトランプ氏を支持し、反グローバル化に新たな運動が加わりました。

 より労働コストが低い地域に移動し競争力を高めるというビジネスの論理の優先に、反権力ではない人たちによって疑問が呈された形です。彼らは企業家に対して愛国心はないのかと批判し、その結果、生産拠点を自国に戻す動きも出ています。

 興味深いのは、グローバル化はイデオロギー化し、まるで宗教のようになっていた側面がありました。たとえばそれを象徴するのが「国際」という言葉が廃れ、「グローバル」に置きかえられたことです。「あの人はまだ、国際なんて言葉を使っている。分かっていない人だ」というわけです。

 特にIT関連企業で働く人の間からは「世界は変えられる」「世界は一つ」という言葉が聞かれます。キーワードは「多様性」(ダイバーシティ)です。時間や空間を超えやすいデジタルテクノロジーで簡単に文化の違いは超えられると勘違いする人たちです。

 実際には、そのデジタルテクノロジーは世界を一つにするどころか、分断させています。邪悪は覇権主義者の悪用で発見しにくい不正行為が横行し、むしろ犯罪は悪質になり、人間同士の不信感を高めています。国際を否定し、グローバル化を定着させようという勢力の中に悪意のウイルスがすでに入り込んでいるといえます。

 では、ポストコロナ時代のグローバル化はどうなるのでしょうか。あるいはグローバル人材とはどういう人を差すのでしょうか。さらにいえば企業や組織のグローバル化の方向性はどうなるのでしょうか。実は今や私語となっている「国際人」という言葉は今でも有用です。

 なぜなら、世界の単位として国家主権がなくなることはないからです。キリスト教では「神の国」といいます。つまり、経済だけでなくあらゆるものが詰め込まれた国家という単位は、人間の帰属単位として重要です。私のように世界を動き回っている人間は特にそれを強く感じます。

 私はグローバルプレーヤーのめざす人物像を以下に定めています。
1、目標を定め、優先順位を決め、誰もが理解できる目標基準を定め、それを維持しながら、必要な仕事を確実に実行する人間
2、責任の原則、成果の基準、人と仕事へ敬意を払う人間
3、知識共有のためにコミュニケーションの質を高め、専門化した知識を統合する、より高度な組織を創出する人間
4、妥協を強いられる環境になりがちな異文化の現場で、目標からブレない人間
5、異文化環境でも、メンタル管理ができる人間

1から3までは、別にグローバルビジネスでなくても大切なことだということに気づくでしょう。ところが、たとえば2の人に敬意を払うのは異文化環境では国内以上に重要ですが、国内で人を大切にしていない人間にはハードルの高い話です。

 グローバル人材に求められるものとして「個の確立」「アイデンティティ強化」があります。日本人の多くは儒教などの影響もあり、個人主義ではなく人間関係で動く傾向が強いため、常にその場の空気を読みながら生きています。典型的な現象としては状況によっていうことが異なる場合が多いことです。

 これは信念がないと映り、リーダーには不向きです。一貫性がないと人は付いてこれません。よくいいえば状況によって起用に使い分けられる人間ですが、その人の信念は疑われます。

 アイデンティティの強化は、背中にナショナルフラッグを立てることではありません。信念は何よりも重要ですが、その実現のためには日本人として、あるいは個人として持つコンテクストの何を進化させ、何を改善するのかという視点が重要です。

 ポストコロナはカオス化が進む世界で未来を切り開く高い問題解決能力が必要なのは確かです。その時に国家の歴史が持つコンテクストを捨てた根無し草では役に立ちません。蓄積された歴史の知恵は馬鹿にはできません。たとえば世界中の大都市に住む人はリベラルな傾向が強いのは、その歴史と伝統の継承を軽視しているからでもあります。

 海外に駐在し、日本に憧れるナショナルスタッフから日本のことを尋ねられ、日本文化に無知な自分を発見する人は少なくありません。本当のグローバル人材は愛国心を持ち、日本人であることに自信を持つ一方、課題も認識し、日々改善に努める人だと私は考えています。

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