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 われわれは今、過去にない露出度の高いトランプ米大統領のおかげもあって、大統領選への関心度は多分、過去最大級に高まっています。同時に自由と平等、公正さを旗印に人口的に作られた希有な多民族国家が構築してきた民主主義の行方を世界は目の当たりにしているといえます。

 メディアは、投票日から最終結果が確定していないことを異常な状況と報じていますが、この葛藤や混乱こそ、民主主義の真価が問われていると思います。自由を保障しながら平等を確保し、その両者のバランスを取るための公正さを重視するアメリカの理想は他の国の追随を許さない高さです。

 その理想と現実のギャップの大きさも計り知れず、人種や男女の違いだけでなく、知的レベルや教養、スキル、貧富の差など、ありとあらゆる差を持つ人間が、同等な権利を持ち、主張することができる社会を実現使用という試みは、長い歴史を持つ国々が実現したことのないものです。

 今回の大統領選で見誤りがちなのが、連邦政府と州政府の関係です。普通の国は、国の政府が圧倒的権限を持つわけですが、アメリカは連邦政府はできるだけ小さくして影響を行使せず、州政府に裁量権がある国です。六法全書が存在せず、州ごとに法律も異なり、州知事は一国を率いるリーダーのようです。

 アメリカ国民といいますが、パリに来るアメリカ人旅行者に「どこから来たのか」と聞くと「オハイオから」とか「ロサンゼルスから」と州や都市の名前で答えるのが常です。「アメリカから来た」と答えるアメリカ人に会ったことはありません。

 同じことは英国にもいえ、私が教鞭を執っていたフランスのビジネススクールで英国人教授に「どこから来たのか」と聞くと、「私はウエリッシュだ」とか「スコティッシュだ」と答えるだけで、せいぜい「ブリティッシュ」というのが精一杯です。スコティッシュにイングリッシュといえば怒られます。

 英国は2016年に欧州連合(EU)からの離脱を国民投票で決めましたが、今年1月の離脱に至るまで4年半を要しました。その間、何度も離脱協定が議会で否決され、政権もメイ氏からジョンソン氏に変わり、離脱交渉に費やした費用も莫大な金額です。それは民主主義の手続きの煩雑さを表しています。

 アメリカの大統領選も州ごとに郵便投票の扱いが異なり、有効票の消印問題や何日まで郵便投票を受け入れるかも違います。ジョージア州は結果が僅差なので「正確を期すため再集計する」と表明しました。集計を巡ってはトランプ大統領が法廷闘争に持ち込む構えです。

 巷では両陣営の対立が深まり、衝突も起き、暴動に発展しないよう当局が警戒を強めていると報じています。

 今や大手メディアの世論調査は信用されず、SNSなどで保守、リベラルともに互いを非難しながら多様な意見が交わされています。オバマ時代から深刻化した分断はブレーキがかからない状況です。

 民意を反映するのに既存メディアの影響が驚くほど低下した今、多分、有権者が再びメディアを信用する状況に戻るかは疑問です。というのも8割がリベラルといわれるアメリカのメディアは最初からトランプ氏への嫌悪感を露わにし、バイデン氏に加担してきたからです。

 英国でも客観報道で世界的評価を得、日本のNHKが見本としてきた英BBCは、クリントン候補が落選し、トランプ政権になって以来、完全に客観報道を止め、反トランプキャンペーンに終始してきました。トランプ支持者の英国人の友人は「今は一切、BBCの報道は見ない」といっています。

 同じ英語圏のアメリカに対するBBCの態度は、今は完全に上から目線です。自国でもないのに、まるで遅れた独裁国家の独裁者を扱うようにトランプ大統領を扱い、選挙で選ばれた国家の首長をリスペクトすることなく、傲慢な内政干渉報道を繰り返してきました。

 歴史的に英国がアメリカを生んだという背景があったとしても、国力は比べられず、英国の世界へのプレゼンスは大英帝国時代に比べ、見る影もありません。それなのにアメリカを上から目線で見て、批判を繰り返す頭の古さには首をかしげます。それより自国の民主主義の停滞をなんとかすべきでしょう。

 とはいえ、社会主義国や独裁国が民主主義の弱点をついて、巧妙に他国に侵入し、覇権を強める今の時代、民主主義国家が自信を失っているのも事実です。やっぱり権力が集中し、意思決定が早い独裁国の方が物事を進めるには有効という事実を中国のコロナ対策は見せつけました。

 国民の自由と言論を封じ、中央政府の決定に絶対服従する独裁国家が世界に脅威を与えています。煩雑な意思決定プロセスが存在する民主主義はスピード感がなく、いつまでも揉め続け、政策が実施に移されるまで膨大な時間と労力が必要です。

 しかし、絶対君主制の歴史経験から権力が一定の個人に集中する弊害を学習したヨーロッパ、その流れを組むアメリカは、民主主義を変更することはありません。人は権力を持てば堕落する可能性は限りなく高く、腐敗した権力は国を駄目にするのは明らかだからです。最後は権力維持のための粛清や弾圧が起きるのが常です。

 ただ、民意の反映を最優先するには、その国民に一定の良識が必要で、その良識が保障されない国に民主主義を導入すれば、悪意に国が乗っ取られるリスクがあります。つまり、民主主義は国民の良識と善意によってしか成り立たないということです。

 アメリカの大統領選の葛藤には、アメリカ人の良心を支えてきた建国以来のキリスト教精神がありました。それは一定の生活規範に支えられたものです。ところが今、寛容さの仮面を被り規範を嫌い、何でもありのリベラル思想の浸透で、アメリカの民主主義が脅かされているように見えます。

 これは1960年代から70年代にもありましたが、リベラルに振れすぎた若者たちは、やがて自ら正常に戻り、保守に戻っていきました。それを描いたのが映画「フォレスト・ガンプ」でした。しかし、今回はリベラルが巧妙化し、問題を見えにくくしており、社会の分断は深まる一方です。

 それでも民主主義の崇高なシステムが、どう機能するか注意深く見守りたいものです。それにアメリカ人の良識がどう働くかも注目点です。

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