P9080005

 フランスでは10月だけで3回も残忍な襲撃テロが起きました。リヨンで最後に起きたギリシャ正教会の聖職者襲撃事件はテロかどうか判明していませんが、新型コロナウイルスの感染急拡大で今年2回目のロックダウン(都市封鎖)に突入したフランスでは、人々は不安と恐怖に晒されています。

 多くの活動が停止される中、政府は学校の授業は継続することにしましたが、11月2日、学校ではムハンマドの風刺画を生徒に見せて殺害され、国葬に付されたた歴史教員、サミュエル・パティさんに対して、1分間の黙祷を捧げることになっています。

 左派教員が圧倒的に多いフランスの公立学校では、表現の自由の名のもとにイスラム教予言者を侮辱する権利が強調されており、パティさんは表現の自由の殉教者と讃えています。イスラム教の脅威とはほど遠い日本では関心も薄いのですが、リベラル思想を小さい時から植えつけることに専念する教師たちは、パティさんの氏は好材料になっています。

 しかし、多くの児童心理学者が、今回のことを直接、表現の自由の権利に結びつけたり、イスラム過激思想を糾弾する材料にすることには慎重であるべきだと指摘しています。心理学者のセルジュ・ティセロン氏は「中立であることが重要だ」と仏メディア、フランスアンフォで述べています。

 ティセロン氏は「子供は大人と違い、どんな風に殺害されたのかなどに興味を持つ」、大量の情報が行き交う今の社会で、十分な判断能力を持たない子供は、事実から精神的ダメージを受ける可能性は高いことを考慮すべきとということです。

 パティさんが首を切断されて殺害された事実は、子供にとって一生忘れられない恐怖とトラウマを与える可能性があります。大人が勝手に、だから表現の自由が大切だと教えこもとしても、実際はそれを行動に移したパティさんは残虐な方法で殺害されており、その事実が脳裏から離れなくなる可能性があります。

 実はパティさんが生徒に見せたムハンマドの風刺画も13歳の中学生が消化できるようなものではなく、非常にグロテスクなものでした。つまり、ティセロン氏が指摘するように、子供たちは、事件の経緯より、どんな風刺画だったのかなど多様な興味を持ち、それはすでにネットで拡散されています。

 大人社会にとっては非常にインパクトのある事件でも、その事実な意味するものの伝え方を間違えると子供には逆効果になるという話です。同事件後、メディアの中には18歳の容疑者がチェチェン人だったことから、チェチェン人の残虐なDNAに言及するメディアもありました。

 米ボストンマラソンの爆弾テロの実行犯の兄弟もチェチェン人移民でした。日常に残忍さが存在する環境で育つと、残忍さはやがて子供に伝染していくということは、たとえばアフガニスタンでタリバンが子供を育てる時、あるいはシリアで脅威となったイスラム国(IS)が、子供に処刑の場を見せていたことにも繋がるものです。

 熱心なカトリック教徒の私の妻は、パティさんが見せたムハンマドの性的グロテスクな風刺画を見て「どうして13歳の子供に、こんなものを見せたのか酷い話だ」と激怒していました。大人には笑いの材料であっても子供には毒でしかないものはたくさんあるはずです。

 心理学者たちは「子供たちが知りたいことには、ある程度慎重に答える必要がある一方、彼らが求めていないことは与えるべきではない」と指摘し、「結論めいたことをいうことは避けた方がいい」と述べています。まずは子供たちが何を求めているかに集中することで、子供たちがどんな情報に晒されているかを正確に知る必要があるというわけです。

 「子供に悪影響を与える情報から子供を保護するのは困難だが、彼らが関心を持たない詳細を提供しないこと」「親は善意から、ひどいことを説明しようとしても、それは子供たちの心に大人が思うこととは別のイメージを定着させるリスクがある」とティセロン氏は警告しています。

 「目標は物事を隠すことではないが、子供が知りたくないことは尊重すべきだ」ともいっています。実際、パティさんが表現の自由の授業で、子供でも笑える様なユーモラスな風刺画を見せていれば悲劇は起こらなかったのは確かなことです。

 そこで思い出すのは、日本の小学校で終戦記念日にアニメの「火垂るの墓」を見せ、反戦教育をしていることも私には疑問です。戦争の悲劇を伝えることは重要ですが、思想を植えつけるのは別問題だし、非常に残酷で悲しい結末は、大人向けのものだと思うからです。

 重要なことは、子供たちに同じ悲劇を繰り返さないように育てることですが、テロや戦争には原因があり、それは非常に複雑です。原因を取り除かない限り悲劇は繰り返されるのが常です。故シラク元大統領は「表現の自由は責任を伴う」といいました。その責任論は左派勢力によってフランスでは完全に封殺されているのは残念です。

ブログ内関連記事
表現の自由の殉教者の影に極左 斬首された仏教師は何をどこまで理解していたのか
仏パリ郊外の教師斬首テロ 表現の自由を巡る論争を宗教界はどう見ているのか
フランスのイスラム学校議論 多文化共存社会を困難にする一神教の対立の構図
フランスでテロが止まない背景 革命以来の宗教排斥と差別が世界に不快感を与えている