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 フランスでは先週16日、中学校の歴史教師サミュエル・パティさんが18歳のチェチェン人の男に斬首される陰惨なテロが起きました。きっかけは、パティさんが表現の自由の権利を扱う授業で、イスラム教が禁じる予言者ムハンマドの風刺画を生徒に見せ、それを聞いた父親の一人がソーシャルメディア(SNS)上で登校拒否を呼び掛けたことだとされています。

 父親はイスラム教徒でムハンマドのグロテスクな風刺画を見せたことに激怒し、父親は教師に抗議するだけでは収まらず、SNSでパティさんを強く非難しました。

 そのため、イスラム教徒の間に憎悪と怒りが広まりました。政治家がSNSの検閲強化と危険投稿の即時削除の法制化を訴えています。ところが、SNSの検閲強化は、それこそ表現の自由に抵触するとの批判もあり、議論は進んでいません。

 アメリカの大統領選の最終盤の今、両候補の陣営の放つ非難合戦でツイッターやフェイスブックの内容が削除されたりしており、そこにもSNS運営者の政治的意図が見え隠れし批判されています。

 さらに中露は4年前の大統領選でサイバー攻撃を仕掛けたことが証明されており、露軍参謀本部情報総局(GRU)は、2016年の米大統領選でトランプ現大統領を当選させるためサイバー攻撃を仕掛けたことことで、2018年に選挙当時のGRU当局者12人を起訴しています。

 米英両国は今月19日、GRUが来年夏に予定される東京五輪・パラリンピックの妨害工作を含む一連のサイバー攻撃に関与していたと非難しました。米司法省はGRU所属メンバー6人を化学兵器禁止機関(OPCW)や、2017年のフランスの選挙などを標的とする一連のサイバー攻撃で主要な役割を果たしていたとして起訴しました。

 この数年、世界に脅威を与えた過激派組織、イスラム国(IS)は、世界中でテロリストを勧誘するために最大限SNSを利用しました。移動の必要がなく時間、空間を超越したサイバー空間に目をつけ、問題意識のない日和見主義の若者に巧妙に聖戦主義を広め、戦闘員を養成しました。

 無法地帯と化すサイバー空間は、表現の自由に守られて、危険思想も拡散しています。問題の一つはツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのコミュニケーションツールが一握りの巨大企業によって運営されていることです。検索サイトもグーグルの一人勝ちで明らかにされていないアルゴリズムは偏った検索結果に人を導いている可能性は否定できません。

 それにリベラル派は自分に近い考え方を持つサイバー空間から出ることはなく、保守も同じ傾向があります。異なった意見を持つ人々が議論を闘わせる場は少ないといえます。さらにSNSは感情に支配されやすく、冷静さも公平さも担保されず、集団リンチの様な現象がしばしば起きています。

 アメリカで進む保守派とリベラル派の分断は、SNSの存在なしに語れず、以前よりコミュニケーションを容易にしたはずのSNSが分断をあおり、国民の結束を阻害しています。サイバー空間は自由が保障された言論空間ではなく、「イメージ空間」と化しており、背後で人々の脳の中のイメージの固定化や洗脳を画策する動きが拡がっています。

 人の感情を左右するのは刺激的でインパクトが強いことが効果的なことは、広告業界の常識ですが、同じことがSNSにもいえます。最近、すっかり定着した動画サイト、YOUTUBEも政治的に極端な表現が圧倒的に好まれています。ハリウッド映画が成功したのもインパクトのある過激表現をエスカレートさせているからです。

 その刺激は、ある感情を生み、もしそれに共感すると居心地のいい空間ができる仕掛けです。SNSの当初の問題は、SNSがわれわれの先入観や固定観念に沿ったコンテンツを見せられ、エコーチェンバー(共鳴室)現象や「フィルターバブル」といった思想的な孤立現象が起きることへの懸念でした。

 しかし、未だにその問題解決は見出せていません。実は日本はま逆ですが、欧米社会では意見の相違を明らかにするのは合意に至るプロセスで広く認知されています。そこで意見を交わす中で別の視点や気づきもあり、その相違の中から共通点を見出し、WinWinの結果をもたらすのが交渉の基本です。

 ところが、その民主的アプローチは今、中露の権威主義やイスラム聖戦主義の脅威に晒されています。その権威主義は「支配するかされるか」の論理で支配するものが異なる考えを排除できるというものです。サイバー空間を脅威に晒している犯人は、反自由主義勢力の攻勢によるものだと考えられます。

 そこで重要になるのが倫理観だと私は思っています。異なる意見に苛立ち、拒否し、相手を叩く行為は倫理的行動とはいえません。そもそも支配するか支配されるかという19世紀までの弱肉強食の野蛮な動物的考えが世界に蔓延していること自体、人類が学習していない証拠ではないでしょうか。

 憎悪や怒りがサイバー空間を占領すれば、ネクストコロナは暗いものになるでしょう。そうなればビジネスも行き詰まり、カオスの世界になるのは確実です。逆に人間にとって何が有益なのかというテーマをサイバー空間で共有することができれば持続可能な発展を手に入れることができると私は考えます。

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