中央流行疫情指揮中心
    防疫対策での指導力を発揮する台湾の蔡英文総統

 今月、台湾を訪問したアザー米厚生長官は「台湾の防疫措置は世界の模範だ」と称賛、日本も新型コロナウイルス感染症を押さえ込んでいる台湾に注目しています。台湾では4月中旬以降、新型コロナの感染症の域内感染例が出ておらず、世界でに感染第2波が確認される中、感染押さえ込みの成功例と見なされています。

 疫病対策はクライシスマネジメントを含むリスクマネジメントの基本セオリーで重要な教訓を示しています。たとえば、最初に絶対的に必要なのはリスクの特定、性質の分類、危険度の査定です。世界中が防疫対策で苦戦している最大の原因は、リスクの中心にあるウイルスの正体が分らないことです。

 どこで生まれ、どんな性質のものなのかが、今もなお正確には分らない理由の一つは、中国湖北省武漢市で発生した昨年暮れ、多くの事実が隠蔽されたからでした。フランスの感染症専門家は、その正体を見極めるため感染死亡者の遺体の「解剖」が世界保健機関(WHO)によって今も禁止されていることに強い疑念を抱いています。

 台湾政府は世界のどこより新型コロナウイルスの感染症対応を迅速に行ったことが功を奏したと指摘されていますが、なぜ、それができたかのでしょうか。それは台湾政府が武漢で発生した感染症について質の高い情報を昨年暮れに得ていたからだといわれています。

 恐らく世界で最も中国を知るのは台湾でしょう。同国内政部(内政省)の政務次長(次官)で、防疫対策の副指揮官を務める陳宗彦氏は、政府の新型コロナウイルスへの対応を開始したのは昨年12月31日としています。

 陳氏によれば台湾政府は昨年12月には、中国国内に張りめぐらされた諜報活動やネットを通じて新型コロナウイルスの情報を得ていたといいます。中国がいつ軍事攻撃をしかけてくるか分らない緊張状態にある台湾では常に中国の動きはウォッチされ、それもかなり角度の高い情報収集を行っています。

 つまり、武漢で確認された新型コロナウイルス感染症は人から人に感染する非常に危険度の高いウイルスであることや、中国政府が隠蔽に走っている実態を、ある程度把握していた可能性があります。実際、地元メディアによれば12月31日には行政院(内閣)副院長(副首相)事務所の対策会議が招集され、陳宗彦氏も参加していたそうです。

 その結果、中国湖北省武漢市と台湾を往来する航空機の検疫を強化することを決定したことで、防疫対策の初動は非常に迅速だったといえます。多くの国が同様な措置をとったのは、それから1か月遅れで、WHOが新型コロナウイルスの危険性を認めた1月下旬以降でした。

 多数の中国人、しかも武漢出身者が世界中を旅行や留学で渡航していたわけですが、たとえばイタリアやフランスにウイルスを持ち込んだのが武漢の中国人だったことは判明しています。日本も北海道に多数の武漢からの旅行者が行っていたことが感染を拡大させました。

 台湾ではその後、内政部長(内政相)が陳氏に防疫を担うよう命じ、必要な準備を進めるよう指示したことで、指揮系統が明確になることで、リスクマネメントで最も重要な意思決定のリーダーシップが明確になったわけです。陳氏は出入国(境)管理と航空警察に関わる辺境検疫組のトップを担当、関係局の組織を統合し、各役割や責任を明確化することで、対策チームを動かしてきたとされています。

 効果的な防疫対応ができた背景には、各省庁の垣根を超えた防疫対策チームの設立と指揮系統の明確化、正確な現状把握や意思決定、対策を迅速に実行に移せる体制を整えたことが大きいといえます。韓国もそうですが、常に有事が想定される国の事情から、危機対応に対する迅速な反応が当り前になっている点は、日本とは大いに異なる点だと思います。

 それとリスクマネジメントの基本であるリスクに最も近いリスクオーナーからフィードバックを得る点です。3月の海外からの帰還ラッシュと検疫体制の強化が要因とされる感染者の増加に対して、対策チームは全世界を対象に入国者の隔離措置を実施するだけでなく、毎日、台北市内と台湾桃園国際空港を行き来し、空港の動線や検査過程を調整していたといいます。

 つまり、現場の観察を怠らず、それも報告を待つのではなく、自ら現場に赴いてリスクに近いリスクオーナーである関係者に聞き取りを行ない、さらに専門家チームの意見を踏まえながら現状に合わせた適切な対策をとったことが功を奏しています。

 一方、台湾の対策は、自宅隔離などが強権によるものとの批判もありましたが、たとえば、感染リスクの高い国からの帰国者を隔離する措置は、あくまで帰国者本人をケアするのが目的で、隔離場所を自宅とするのか政府が準備したホテルにするのかも本人に自由に委ねられている。

 台湾はロックダウン(都市封鎖)を行わず、マスク着用や体温測定の徹底などを除けば、ほぼ市民への制限を設けませんでした。その一方水際対策を徹底し、厳格な検疫措置を実施することで、市中の感染拡大の危険はほぼなかったことは注目すべき点といえます。

 それよりも大きいのは防疫対策チームに特別な権限を与え、各省庁の垣根を取り払い、命令系統を明確化し、迅速に対応してきたこと重要なポイントだと思います。無論、そこで高度な判断を下すリーダーの存在は大きく、クライシスマネジメントへの意識の高さも重要です。