Scarborogh
「スカボロー」 1825年頃 水彩画 (Tate, accepte par la nation dans le cadre du legs Turner, 1856)J. M. W. TURNER / TATE

 フランスではコロナ禍で閉館していた全ての美術館が再開館した。ただ、感染第2波の兆候が濃厚なため、ヘタをすれば再閉館の可能性もないわけではない、職員の安全確保最優先の国だからだ。一方、2月から6月にかけて開催予定だった大規模企画展は延期されました。

 パリのポンピドゥー・センターで5月に予定されていた「マティス生誕150周年記念」展や、オランジュリー美術館の「キリコ展」は秋以降に延期。企画展は世界中から作品を一定期間借りる上、フランスの美術館に特徴的な来館者の半数以上を占める外国人旅行者の来館が見込めなければ、観光経済効果にも繋がらず、採算も合わなくなってしまう事情もあります。

 パリの美術館の中では、比較的早い時期に再開館した小規模美術館の1つ、ジャックマール・アンドレ美術館では「ターナー 絵画水彩画」展(2021年1月11日まで)が開催されています。パリの凱旋門にも近い同美術館は、19世紀後半、新興ブルジョワジーのエドゥアール・アンドレとネリー・ジャックマール夫妻のための壮麗な邸宅として建てられた建物。

 現在は美術館となっていますが、イタリア好きの優れた蒐集家として知られるジャックマール夫妻が集めた家具、調度品や絵画の名品コレクションを見ることができ、産業革命で台頭した当時のブルジョワの贅を尽くした生活を垣間見れる興味深い美術館です。

 パリにはメゾン・パティキュリエと呼ばれる独立した一軒家があります。アパートが建ち並ぶ市街地で一軒家に住める市民は非常に少なく、それもパリ中心部8区に広大な敷地と壮麗な豪邸を構えるのは、貴族でない場合は余程の富裕層。

 凱旋門のあるパリ8区は19世紀末のナポレオン3世の時代、パリの知事オスマン男爵の都市大改造計画によって、パリの商業の中心地となった地区。エドゥアール・アンドレは、そのオスマンの大改造計画の造園公共事業で財をなした。パリのビュット・ショーモン公園、チュイルリー庭園も彼の手によるもの。

 邸内にはイタリア・ルネッサンス、18世紀フランス、さらにオランダなどの収集した絵画作品が並び、“フィレンツェの間”と呼ばれるサロンにはボッティチェルリ(1445-1510)の「聖母子像」がある。

 英ロマン主義の巨匠、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの世界最大のコレクションを有するのは、言わずと知れたロンドンにあるテート・ブリテン。今回は同美術館が収蔵する作品の中から、水彩画60点、油彩画10点が18世紀末から19世紀半ばまで、ほぼ年台順に展示されています。

 自然のくすんだ英国しか知らなかったターナーは、イタリア・ヴェネチアで太陽と雲、大気に衝撃を受け、作風を一変させたといわれています。今回の展覧会では水彩画が多いため、ターナーが、風景画家としてイタリアだけでなく、フランスやスイスを訪れ、多くのスケッチと水彩画を残したことを再発見できます。

 日本ではターナーといえば油絵の大作を思い浮かべる人も少なくないと思いますが、水彩画は画家の視線や直感、筆裁きをリアルに感じられます。彼の作品は本人がその場に立ち、眼前の光と大気を時間をかけて肌で感じ、その体で覚えた記憶がなければ、大作は残せなかったことが分かります。

 ターナーは青年の頃、隣国フランスで大革命が起きています。産業革命の時代、都市化が進む中、風景画は都市に住む人々の家に必要とされました。慎ましい床屋の子に生まれたターナーは、13歳の時に風景画かトーマス・マートンに弟子入りし、その後、ロイヤル・アカデミー附属美術学校を経て、24歳でロイヤル・アカデミー準会員、27歳で正会員となった早熟な画家です。

 ターナーは若い頃は絵葉書に使われるような風景画を描いていたのが、44歳のイタリア行きがきっかけとなり、世界では数少ない英国人の巨匠画家となりました。英国にはフランスのような芸術を育む土壌がないという人もいます。英国を代表する作曲家ヘンデルも実はドイツ人。
 
 ターナーの巨匠への道は険しく、30年も先がけて印象派的絵画に取り組んだターナーは、具象画が主流の当時としては様々な批判に晒されながら、光と大気を描き続けた希有な画家でした。そのターナー作品をパリで鑑賞すると、彼の風景への関心がヨーロッパの広い範囲に及んでおり、旅人画家だったことが読みとれます。

 なお、フランスのほとんどの美術館は現在、予約制になっており、マスク着用、入館時のアルコール消毒、館内での人との距離を保つことが義務づけられています。ただ、今夏は外国人旅行者がほとんどいないため、入館者は落ち着いてじっくり作品を鑑賞できるメリットもあります。

 日本からフランスへの入国は問題なくなりましたが、フランスから日本へ帰国した場合の2週間の隔離があるので、その規制が解除されないとフランスで再開館した美術館を訪れるのはハードルが高いといえます。

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