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  本物の判事ロイ・ビーン

 1970年にジョン・ヒューストン監督、ポール・ニューマン主演で制作された映画「ロイ・ビーン」はアメリカのルーツを知るには非常に興味深い西部劇でした。流れ者判事ロイ・ビーンの伝記物映画で、原題は「判事ロイ・ビーンの人生と時代」と少々、固いタイトルでしたが、痛快な西部劇でした。

 異文化理解で最も困難なのが、その国や地域で信じられている目には見えない価値観です。一つの手段は宗教をひもとくことですが、たとえばアメリカのキリスト教と一口に言っても、多くの派があるだけでなく、フランスやイタリアのキリスト教とも違います。

 そこで有力な手がかりになるのが「ヒーローを探せ」ということです。ヒーローは大抵、市街で銅像になり、伝記が残されているものです。日本では伝記物の書籍はあまり人気がありませんが、アメリカでは伝記は今でも人気の高い分野です。

 今、これまで賞賛されてきた偉大とされた人物が、実は奴隷貿易推進者だったとして銅像が倒される現象が世界中で起きています。歴史を見直す必要は常にありますが、たとえば東洋人や黒人を卑下していた英国のチャーチルは、第2次世界大戦の終結に大きな役割を演じた事実を消し去ることはできません。

 20世紀はパックスアメリカーナと呼ばれ、アメリカの存在感は圧倒的でした。にも関わらず、日本の書籍には他の国と比べ、アメリカの研究書が多いとはいえず、伝記物も翻訳以外は多くはありません。それもステレオタイプのアメリカ論が多いのも事実です。

 1980年代後半、日本バッシングの最中、アメリカに何度も取材に行く中で私が出会ったのが、ニューヨークでイラストレーターとして活躍した故津上久三氏が書いた『アメリカ人の原像』(中公新書)でした。学者でもジャーナリストでも作家でもない津上氏の驚くほど丹念に現地で原書を読みあさって書いた同書は、アメリカ史に残る5人のフロンティアのヒーローを描き出した作品でした。

 1985年に出版され、東京大学教養学部でアメリカ学の権威と言われた中屋健一氏が当時絶賛した名著。著者がイラストレーターだったため、1部のファン以外に名が知れることはありませんでした。しかし、『ガンファイター』『ガンマンは2度死ぬ』など西部開拓時代の徹底した調査で信憑性の高い英雄伝説には定評がありました。

 その意味で津上久三氏は私にとってはアメリカ人及びアメリカ文化を理解する上で欠かせない人物でした。しかも1980年代後半には何度もお会いし、貴重な時を過ごさせて頂いた思い出深い人です。

 『アメリカ人の原像』の中にアメリカの自由、平等、民主主義へのアメリカ人のこだわりを指摘した箇所がある。

 ヨーロッパの諸王国を脱出し、豊かな資源が眠るアメリカ大陸にやってきた者たちの「誰もが平等であるとする考えは、誰もが政治に参加できるとの考えに繫がり」「自由主義・個人主義的志向は。政治や法律は自分たちのものであり、自分たちの意思にそった、自分たちの希望を満たすべきものという信念を生んだ」とあります。
 
 興味深いのは、その後段に「民主主義をはばむ障害」として、「リーダーが永続的であること」と、「市民の内にある思考や発想の固定化」を挙げ、前者は「権力者が地位に長くとどまらせないことで回避」し、後者は「アメリカ人の移動好きで固定化が避けられてきた」で説明しています。この移動好きは、アメリカ人の強い自立心、独立精神と繋がっています。

 このことは、固定化した価値観を持つ中国共産党政権で、終身権力を狙う習近平国家主席のことを考えると、アメリカ人が今の中国を受け入れられるはずはありません。それは日本の安倍首相やドイツのメルケル首相の長期政権にも同じことがいえるかもしれません。

 さらに平等主義については、津上氏は豊かな資源と広大な大地は多くの職業人を必要としていたために、ヨーロッパでの過去の卑しい階級や罪さえも捨て去ることができ、一部のエリート層は存在したものの、ヨーロッパよりははるかに平等社会に向かった点について触れていますが、事実今でもアメリカ・ビジネスで権威やステイタスは重視されていません。

 津上氏は「過去との断絶から、未来への理想にひたむきな視線をそそぐ点、その積極的な姿勢はアメリカ人のもつ一つの美点である」といい「アメリカ人にある柔軟な心に発する向上心」に注目し、その点で「向上心を持つ日本人とは同じ土壌で語り合える」とも指摘しています。

 過去も故郷も捨てたアメリカ人には画一的な価値観を本能的に嫌う傾向があり、そこから多様性も生まれたといえます。その点は画一性や固定化に疑問を抱かない、長い歴史と伝統を維持する日本人とは決定的に違うところといえるでしょう。

 現在のアメリカ人の精神は、その多くがフロンティア時代に築かれ、今も彼らのDNAの奥深くに根付いているといえます。トランプ大統領が雇用政策で最近打ち出した技術習得制度(アプレンティス)は、コロナ禍後にポテンシャルのある業種への再就職を支援するため学歴も過去も一切問わず職業訓練するプログラムですが、まさに過去を問わないという点はアメリカのフロンティア精神そのものです。

 メディアの政治的思惑の絡んだトランプ報道とは別の視点、すなわち過去も故郷も捨てたアメリカ人たちの本当の精神構造を知ることは極めて重要だと思います。

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