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 アメリカで始まった警察の暴力と人種差別への抗議運動の世界的拡がりは、コロナ禍後のネックストノーマルに欠かせないテーマの一つです。それはグローバル企業の経営戦略に欠かせないダイバーシティにも深く関わる問題です。同時に帝国主義時代の置き土産と正面から向き合う時が来ているという大きなテーマでもあります。

 常に政治の先を行く経済活動は、やがて政治的テーマになる問題を先に体験しています。グローバル化が進み、その強みが注目されたのはアメリカでした。人の多様性を成長のエネルギーとする多民族国家の強みが圧倒的パワーとなって世界経済を牽引してきました。それは今、世界に拡がっています。

 パキスタン系英国人のロンドンのサディク・カーン市長やインド系英国人のリシ・スナック財務相を見ると、過去の英国の歴史ではあり得ない旧植民地出身者の血を引く人物が重要ポストを占めていることです。有能ならば人種や宗教は関係ないという時代が訪れていることは希望といえるでしょう。

 しかし、今回の人種差別への抗議デモに見る現象は、差別と屈辱の中で苦しむ有色人種の抗議運動で、彼らにとっては成功した黒人も攻撃対象です。黒人が経営する商店も攻襲撃されており、アメフトの黒人のスター選手の呼び掛けも虚しい状況で、成功した黒人たちは、火傷しない程度に抗議運動に静かに共感を表明しているだけです。

 今回の抗議運動を理解すること難しくしているのは、努力すれば誰でも成功者になれるというアメリカン・ドリームなはずなのに人種的不平等、つまり公正さを欠いているという問題と、能力もなく貧困家庭と荒れた地区で育った黒人たち、つまり努力しても惨めな職業にしかつけない人間の不満や怒りという問題が複雑に絡まっていることです。

 企業なら前者の能力主義だけに焦点を当て、公正な競争の機会を与えれば、問題解決できることです。大統領まで登り詰めたオバマ氏はハーバート大学出のエリートです。先天的に与えられた頭脳と本人の努力があれば、制度が自分を差別から守ってくれます。

 無論、制度はあっても陰に陽に有色人種が出世できないよう圧力が加えられることは事実ありますが、それでもアメリカの法律は世界で最も人種差別に厳しいものです。

 しかし、問題はアメリカン・ドリームを支える能力や努力だけでは解決できない弱者の問題があることです。それは極めて政治的テーマで世界中に存在します。その不平等はどこの国でも難題ですが、放置すればクーデターが起きかねない深刻な問題です。

 かつてのヨーロッパを支配した帝国主義の根底には、文明の優劣という考えが明確に存在していました。文明が発展できないのはそこに住む人々が野蛮だからだという認識で奴隷ビジネスも正当化されました。より贅沢な暮らしをするために奴隷は必要ということで、文明の優劣は都合のいい考え方でした。

 日本にもアジアの近隣諸国を上から目線で見て「民度が低い」などと暴言を吐く人もいます。そんな国が日本に対抗意識を燃やすと「とんでもない思い上がりだ」と激怒したりします。民度が低いという場合、それは文明的に劣っていることを意味し、知的能力だけでなく、公徳心がないとか、約束を守らないとか、すぐに嘘をつくとかが判断材料になっています。

 この文明の優劣を図る尺度はダイバーシティ時代にも影響を与えています。今、世界各地、特にアメリカとヨーロッパで帝国主義時代に英雄像が倒されたりしています。歴史は変えられないわけですが評価は変えられるという理屈です。どんなにその国のために大きな貢献をした人物でも人種差別主義者は英雄の条件を満たさないというわけです。

 その典型が英国のチャーチル元首相です。英BBCはチャーチルの発した言葉の記録から、彼がアジア人を野蛮人と軽蔑し、黒人は問題外として、白人の優越性を強く意識していたことを指摘しています。当時の時代的状況からすれば当然のような意識ですが、今となっては評価されません。

 私は今回の抗議デモを見ながら、欧米諸国は帝国主義に失敗したツケを払わされていると思っています。それは日本にも当てはまる内容ですが、欧米諸国が文明の尺度に知的能力、経済力、軍事力を中心に置いたことが間違いだったと考えています。
 
 欧米のもう一つのミッションは、発展できない国を文明国にすることでした。それを支配と被支配という観念に囚われたことで、相手を引き上げる努力を怠ったことのツケが回っているということです。欧米諸国の価値観の基盤であるキリスト教の精神を軽視し、利権追求に走ったことが悲劇を生んだということです。

 実はこの議論を、私がフランスの大学で教鞭をとるようになった30年前、学生たちに問いただしたことがあります。多くの学生は「考えたこともない」「高校までにそんなことは教えられなかった」といっていたのが印象的でした。

 文明の尺度はモラルの高さにあるはずです。かつてマルコポーロやザビエルは、日本のモラルの高さに感動し、ヨーロッパに報告しました。多くの日本人の生活は貧しく、教養や知性のある人間も少なかった時代に彼らが目にしたものは秩序であり、人のモラルの高さでした。

 むしろ西洋の間違った帝国主義が日本の近代化に影を落としたといえます。それは弱者を救済するキリスト教的価値観を忘れた帝国主義を見習ってしまったことでが、当然といえる結末を迎えたことに繋がっていると思われます。

 南アフリカのアパルトヘイトと闘い27年間も投獄生活を送ったネルソン・マンデラ元大統領が残した言葉は、今の黒人差別への抗議運動の高まりに対する答えのように思われます。長い投獄生活の中、彼は「抑圧される者の解放はもちろんのこと、抑圧する者も解放されなければならない」と語り、釈放後、黒人たちの期待とは逆に「許し」を全面に出し、白人との融和と共存を訴えました。

 やられたらやり返すという論理は、キリスト教に反したものです。アメリカ外交の基本にあるティット・フォー・タット(しっぺ返し)も本来のキリスト教的精神ではなく、どちらかというとユダヤ教の「目には目を、歯には歯を」という報復の論理です。

 ダイバーシティの基本は共存であり、共存がパワーを発揮するという普遍性のある話です。それは能力主義ではなく、利他的に生きることによってしか生まれないものです。恵まれた者が恵まれない人たちのために生きることを当然とする利他的生き方を文明の尺度の中心に据えるべきでしょう。

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