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 ロシアで1日、憲法改正の是非を国民に問う「全ロシア投票」が締め切られ、即日開票でプーチン大統領(67)の5選を可能にする改憲の成立が確実となりました。プーチン政権の長期化ばかりがニュースで強調されていますが、改憲には戦勝国の亡霊を追うロシアが鮮明となっています。

 日本人なら「え? 戦後75年も経ち、しかも東西冷戦終結から30年が過ぎた今の時代に、今さら何を持ち出すのか」と驚くしかない改憲の内容です。人気に陰りのあるプーチン氏が持ち出したのは冷戦敗北で失った「国家のプライド」と「祖国愛」の復活です。

 トランプ米大統領の「米国を再び偉大な国にする」との表明に追随するような内容ですが、敗北を招いた共産主義体制に蓋をし、第二次世界大戦で連合国側の戦勝国だったソ連の偉大な偉業を強調することで「ロシアを再び偉大な国にする」出発点にしようというわけです。

 その中身は、6月24日に開催された第二次大戦での旧ソ連の対ドイツ戦勝75年の軍事パレードに明確に現れています。つまり、第二次大戦でドイツ軍のソ連侵攻をくい止め、最後はナチスドイツの息の根を止めた偉大な国という歴史観をロシアの歴史的記憶の柱とすることです。

 私自身、冷戦末期のモスクワを取材し、レニングラード(現サントペテルブルク)の第二次大戦戦勝記念広場に建てられた同市を守り抜いた市民と兵士を讃える彫像などには強い印象を持ちました。それは今でも大切にされていますが、7,8年前からはレーニン像の設置の動きもあるのには頭を傾げます。

 米ソ冷戦が終結した1990年代初頭、米国の保守派を代表する論客だったフランシス・フクヤマが『歴史の終わり』を発表し、リベラル民主主義の最終的勝利を高らかに宣言しました。その後、アメリカ一強時代が到来すると共に日本では「イデオロギーから経済の時代」が強調されました。

 しかし、2008年、北京オリンピックの時にロシア軍がジョージア(グルジア)に軍事侵攻し、その後、クリミアに侵攻し領土を併合したロシアの動きは、共産主義ソ連では見えなかったロシア覇権主義の本質を嫌というほど感じさせる出来事でした。

 6月24日に開催された対ドイツ戦勝75年の軍事パレードについて、カトリック系仏日刊紙ル・クロワは「クレムリンは、自国を強固なものにするため、第二次大戦の対独戦争を悪用し、外交政策におけるロシアの野望を正当化した」と報じました。

 さらに同紙はプーチン大統領にとって、複数のアイデンティティを持つ広大なロシアに統一神話をもたらしたとし、「1917年の革命、スターリン主義、ペレストロイカという迷走の歴史を持つロシアでは、大祖国戦争(対独戦争)が唯一完全に合意された歴史記憶と思われる」とストラスブール大学の研究者、エミリア・クストーバ氏の指摘を紹介しています。

 欧州連合(EU)の欧州議会は昨年9月18日、「欧州の未来のための欧州の記憶の重要性に関する決議」を圧倒的な賛成多数で採択しました。同決議の中で独ソ不可侵条約こそが第二次大戦の勃発への道を開いたとし、スターリン主義の犯罪の法的調査の実施を要求しています。

 プーチン大統領はこの決議に真っ向から反対し、長文の歴史論文まで自身の手で執筆し、ソ連の歴史の正当化のための憲法改正に漕ぎ着けたわけです。今さらながら戦勝国ソ連を全面に出し、戦勝国クラブの国連で正当な発言権を持つ指導国の一つであることを強調しているのです。

 ところがEUにとってのソ連は、欧州を東西に分断し、旧東欧を奪い共産主義を押しつけた国でしかなく、今もロシアは領土拡大の期を狙う危険な国です。プーチン氏の政治的思惑が成功するかどうかは分かりませんが、われわれがはっきりすべきは、共産主義体制下でどれだけ多くの人々が殺され、恐ろしい人権弾圧が実行され、人々の自由を奪ってきたかという史実です。

 中国と共に第二次大戦の戦勝国の亡霊を追うロシアは、その史実に正面から向き合うことを避けていることだけは確かといえます。

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