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 米国を発信源とする警察の暴力や黒人差別の抗議運動が世界中に拡がる中、あたかも米国が世界で最も人種差別の酷い国と指摘する声も聞かれます。1986年、当時の日本の中曽根首相が日本は高学歴社会なのに対して「平均点から見たら、アメリカには黒人とかプエルトリコとかメキシカンとか、そういうのが相当おって、平均的にみたら非常にまだ低い。」と発言したことがありました。

 いわゆる知的水準発言で当時、国際社会、特にアメリカに対する失言として米メディアからも強い非難を受けました。日米は貿易摩擦の最中にあり、この失言で米国民は怒り、米黒人企業家や団体などが連名で米有力新聞各紙に抗議の全面広告を打ち、日本製品の不買運動にまで発展しました。

 この知的水準発言に対して当時、 40年に渡り、ニューヨークでイラストレーターとして活躍した故津上久三氏が「とんでもない誤解だ。米国では小中学校の教材の挿絵に白人だけ描くことは禁じられているし、TVコマーシャルからテレビドラマでも多人種への配慮がなければ、すぐに放映中止になる」と自らの経験から人種差別に厳しい規制が存在する事実を訴えました。

 最近会った英国の国連大使をサポートする英外交官の一人は「最近は英国でもロンドン市長や財務相がインド系とか多人種になってきたが、米国に来てその公民権に関わる平等の法律の厳しさに驚いている」といっていました。

 たとえば、米国には雇用機会均等委員会(EEOC)という採用、昇格、昇給、人事異動、懲戒、解雇などに関して法的に禁じられている人種、肌の色、出身国、宗教などが根拠担っていないかを監視する政府機関があります。

 さらにネイティブアメリカンの様な少数民族や障害者への差別も監視されており、職場から不当な排除があった場合も厳しく罰せられることになっています。なぜなら、自由と平等、公正が国家の基本的理念であり、多様性が米国の発展の強さの原動力と考えられているからです。

 ではなぜ、差別が実際に起き、一部警察の行き過ぎた暴力が発生し、黒人たちが差別されていると感じているのかということです。それは法律や規制が定める理想に現実が追いついていないからです。

 たとえば法的に黒人が白人の上司になることは完全に認められています。ところがマジョリティである白人にとっては人種的優越感があり、かつて奴隷だった黒人を平等に扱いどころから自分たちより上の地域に就くということには気持ち的に抵抗感があります。

 聖書の創世記のノアの方舟の話ではノアの子供のセム、ハム、ヤペテが今の世界の民族の起源とされています。親不孝者で父親のノアに呪いをかけられたハムが黒人の祖先という説があり、教条的なキリスト教徒がまともに信じた過去の経緯もあります。

 肌の色から来る違和感は如何ともしがたいものです。中央アフリカの黒人男性と結婚したフランス人女性の友人は私に「夫は子供の時から自分の肌が黒いことを嫌い、何度も何度も石鹼で体を洗った時期があった」といっていました。

 白人の有色人種に対する蔑視用語は山のようにあって、オバマ前米大統領を「黒い猿」にたとえたイラストが出回ったこともあります。東洋人もイエローモンキーといわれました。白人の美の基準からすれば、肌の色、容姿が有色人種は劣っているという感覚は今でも存在しています。

 それでも奴隷制度が存在した時代に比べれば、黒人の顔は穏やかになり、明らかに環境の変化がありますが、後から入ってきた日本人や中国人、ベトナム人が勤勉で高学歴なのに対して、奴隷の先祖を持つ黒人たちが勉強もせず、社会をドロップアウトする比率は高く、悪循環になっているのも事実です。

 米国は世界一の競争社会であり弱肉強食の国です。白人たちは頭では有色人種を平等に扱うべきだと分かっていても、自由は平等以上の価値を持ち、競争社会で勝ち抜くには平等は横に置かれがちです。
 
 つまり、建前としての平等の基準は世界で最も高い一方で、その基準に心が追いつかないだけでなく、激しい競争社会のために白人はその既得権益を守ろうとする現状があるということです。

 もし、単純に中国メディアがいうようにアメリカは人種差別がひどく社会が常に混乱し、権力者は暴力的弾圧を続ける野蛮な国というなら、なぜ、毎年、米国に大量の合法、違法の中国移民が押し寄せ、その逆はないのかということです。アメリカに失望して自国に引き返す人が少ないのは、実は言論の自由が保証され、人種差別問題も抗議運動ができる自由が保証されているからです。

 一般の中国人は米国内で起きる抗議運動の映像を見て、デモ参加者より高級ブティックが並ぶ街並みに目がいき、抗議デモについては「あんなに自由にいいたいことがいえる」と内心羨ましく思っているという報道もあります。

 力を持つ者が間違ったことを隠蔽し、うやむやにするのがほとんどの国ですが、米国は理想が高いために正義が重んじられ、問題が放置されることは少ないといえます。特に陰湿な差別など人権に対する問題には敏感です。差別しているのは地位を失うことを恐れる白人の見苦しいアガキでしかありません。

 そうすると、理想が高すぎると国民はついてこれないので、理想を低くすればいいという人もいますが、それではアメリカの建国の精神は失われ、彼らの大切なアイデンティティも危うくなります。今回の警察の暴力と人種差別への抗議デモでは、国家権力破壊のアナーキストや米国の評価を落としめたい某国のメディア操作に翻弄されないよう注意が必要です。

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