Les_chambres_de_bonnes
 
 パリの富裕層が多く住む16区で住宅探していた時に、人生で初めて屋根裏部屋から建物の2階までの特別階段の存在を知り、フランスの階層社会の歴史を強く感じる経験をしました。その階段は今では取り壊されてエレベーターになったり、様々な配管や配線に利用されたりしています。

 建物の表階段は1階かららせん状に屋根裏部屋を除く最上階に通じているのに対して、裏階段は2階から屋根部屋に通じ、各階の台所や倉庫側が出入り口になっています。大革命の後の18世紀から20世紀初頭にかけて産業革命に後押しされる形で登場した新興富裕層のブルジョワジーたちがパリで住んだ住宅の構造が、今でもフランスの大都市には残っています。

 パリには、数少ないメゾン・パティキュリエといって完全に独立した戸建て住宅がある一方、多くは外から見れば道路に面して繋がった大きな建物が、良く見ると窓やテラスの形も階の高さも違う建物が繋がっていることに気づきます。

 昔は1階から最上階まで1世帯で住んでいた建物が横に連結されたのがパリの建物です。今では1階ごとに住人が異なり、アパルトマンといっていますが、ブルジョワジーたちは下から上まで全階を使用していたわけです。パリの屋根裏部屋に住むことに憧れる人もいますが、そこはもともとは家政婦の部屋でした。

 天井は低く、窓がない場合もあり、夏は暑く冬は寒い劣悪なのが屋根裏部屋です。以前、地方から出てきたばかりの友人が住んでいた15区の屋根裏にいったことがありますが、なんと広さは15屬如▲肇ぅ譴肇轡礇錙爾篭ν僂任靴拭今でいえば日本の狭いビジネスホテルの一室です。

 この家政婦の屋根裏部屋(Chambre de bonne)に通じる階段は1階まで通じていません。なぜかといえば、その階段は家政婦や使用人専用階段だからで、住み込みの使用人は家から出る必要がほとんどなかったからです。いわば邸宅のバックヤードで掃除、洗濯、炊事をするための専用階段(l'escalier de service)でした。

The_Poor_Poet_Carl_Spitzweg
  Le Pauvre Poete, tableau de Carl Spitzweg (1839)

 今でいえば内階段とでもいえますが、ブルジュワが贅沢な生活を享受した時代の産物であり、帝国主義時代の奴隷制度とも関係した階層社会の非人間的な扱いを受けた人々が毎日、2階から8階、9階の階段を何回も昇り降りしていた時代の建築構造だったわけです。

 ブルジョワ・スタイルの建物がパリの美しい景観を作り出しているということで、政府によって建物が厳しい規制で管理されていますが、私は最初に家政婦専用階段を見た時には驚きました。無論、ヨーロッパでは当時、当り前の階級社会に必然的にできた階段ですが、今は屋根裏部屋に住むのは金のない学生たちや貧困層です。

 ロワール川に立つブーデジール城をホテルとして運営するプリンセスの名を冠したオーナーは私にいいました。「昔は良かった。なぜなら、自分たち城主が使用人に給料を払う必要がなかったからね」と。使用人は城の敷地内に住んで、城内で生活は完結していたので現金は必要なかったというわけです。

 きっとパリの使用人たちも昔は給料などなかったのでしょう。16区には古いブルジョワ・スタイルの建物がたくさん残っています。今は各階、各部屋で小分けされ、多種多様な住人が住んでいますが、上の階や横の部屋から聞こえる音に悩まされる人は少なくありません。昔は1家族で全階を使っていたので気にはならなかったのでしょうが、他人となるとストレスを感じる人は少なくありません。

 L'escalier de serviceの存在を知った時、フランスの階層社会の時代の変遷を目の当たりにした思いがして興味は尽きませんでした。今でも世界の富裕層には家政婦も料理人も必要ですが、随分、待遇が改善され、その内、自動化が進み、人間が家事をする量は激減するかもしれません。

 実際、最上階まで自邸のモンパルナスに立つ建築家の住む近代的建物を訪れたことがありますが、最上階までエレベーターでいけて、最上階は卓球とスポーツジムになっていました。

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