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 欧州連合(EU)はこれまで幾多の試練を乗り越えてきました。最近ではEUの重要メンバー国だった英国の離脱、欧州議会選ではポピュリズム勢力が確実に基盤を築いていることが表面化し、イスラム過激派の大規模なテロの頻発、大量の難民流入、ギリシャの財政危機によるユーロ不安など、何度も危機に襲われました。

 イラク戦争では、フランスが参戦を拒み、一体化できないEUの外交政策が露呈しました。しかし、それでも東西冷戦で東西に分断されたヨーロッパを取り戻し、国家のアイデンティティの一つである自国通貨を捨ててまで、統合進化を続けてきたのがEUでした。

 そして今回、コロナ禍でEU加盟国はバラバラに対応し、EU域外からの流入阻止のための国境封鎖が遅れたため、大量の死者を出してしまいました。フォンデアライエン欧州委員会委員長の責任がいずれ問われるでしょう。ドイツで国防相まで勤め、感染症、公衆衛生の専門医であった彼女の危機対応は、呆れるほど後手後手でリーダーシップもありませんでした。

 さらに今回、コロナショック後の経済再生の復興基金についてEUは合意に至らず、特にEU内の南北の亀裂の深刻さを露呈しています。今月19日の首脳テレビ形式での首脳会議は、欧州委員会が提案した7500億ユーロの復興基金案を巡って各国の主張に隔たりが大きく、物別れに終わってしまいました。

 この問題は5月から協議を重ねてきており、19日も協議は約4時間に及びました。テレビ会議での4時間は非常に長く、参加者も大きなストレスだったでしょう。会議ではコロナ復興基金案に加え1兆1000億ユーロ規模の2022ー27年度予算案の扱いも議論されました。

 首脳らは経済の復興に向け、迅速な対応が必要との認識では一致したものの、欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁がEU経済が劇的な落ち込み局面にあると指摘し、首脳らに迅速な対応を求めたにも関わらず、結論は7月中旬に持ち越された。

 当然、コロナ禍で医療崩壊も招き経済危機にあるイタリアやスペインは、結論が出ないことに焦りと苛立ちを感じています。それも彼らの復興基金に対する考えそのものがドイツやオランダに否定されている状態では尚更です。

 スペインのサンチェス首相はツイッターで「時間を無駄にすればするほど景気後退(リセッション)は深まる」と述べ、話し合いの長期化に危機感を示したのも当然といえます。しかし、南欧の主張に賛同しないスウェーデンのロベーン首相は、各国の主張の隔たりを認め、全加盟国が期待する夏場の合意も怪しいとの見通しを示している始末です。

 争点は、加盟国に配分される復興基金の資金を融資とするのか、返済不要の助成金とするのかという点で、欧州委は3分の2に相当する5,000億ユーロを助成金とし、残りを融資としている案を出していますが、財政規律を重視するドイツや北欧諸国と高債務国の南欧で意見が対立しています。

 この対立で経済復興に対する資金投入が遅れれば、さらに欧州経済は困窮に直面することが予想されます。ドイツや北欧は、実は本音では南欧諸国が復興ではなく借金返済に使うのではという不信感が拭えていないこともあり、南北の亀裂は深まる一方です。

 コロナ禍で見えた欧州は、加盟各国が保身に走り、弱者を救済する相互補完機能が働かなかったことです。成績優秀なドイツはギリシャ危機では忍耐しましたが、実はメルケル政権の求心力は急落しており、台頭するポピュリズム政党の圧力もあり、自国を犠牲にしてもEUを助ける姿勢は薄まっています。

 この30年間、EU統合の歴史を見続けてきた私としては、この危機的状況で、ここまで一体感のないEUを見たのは初めてです。こうなるとEUに恩恵を感じないEU市民は増えるだけで、今は大人しくしているEU懐疑派のポピュリズム政党や極右が元気づく可能性もあります。

 無論、人種差別が世界的問題になる中、極右の旗色は悪いかもしれませんが、人種差別で警察が攻撃されていることに対して、治安維持のために身を危険に晒す警官より、犯罪者に味方するのかと不快感を持つ白人も少なくありません。彼らが極右政党の支持に回る可能性もあります。

 さらに、もともとEU分断を画策する中国は、その資金力でEUの高債務国に触手を伸ばし、昨年はイタリアが中国の広域経済圏構想「一帯一路」に参加を表明し、中国マネーを手にしています。今回のコロナ復興基金の分裂はEUを益々弱体化させることでしょう。

 今、EUは指導力を失って迷走中の元物理学者のメルケルと、元医師のフォンデアライエンという二人の理詰めで物を考える堅物のドイツ人によって動かされています。かつてロシアの脅威に怯え、無理やり東欧諸国をEUに引き込んだドイツは今、その原点を忘れているかのように振る舞っているように見えます。

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