message

 リーダーに突きつけられた危機的状況を乗り越えるには、どんなメッセージが必要なのか。世界各国の政治リーダーたちから発せられるメッセージには考えさせられるものがあります。皆で危機を乗り越えなければならない状況では、人の心を掴むリーダーのメッセージは事態を大きく左右します。

 危機的状況は人々に不安を与え、希望をなくし、ネガティブ思考に陥り、パニックをもたらします。そうなると人間は自己防衛のために自己中心的になり、統制がとれなくなり、事態をさらに悪化させてしまいます。アメリカ・ハリウッドが得意とするパニック映画はそれを如実に表しています。

 パニックの錯乱状態に落ちれば、何を先に考えるべきかという思考は失われ、様々な異なった意見が行き交い、決められない状態に陥ります。意見の対立がさらに事態を混乱させ、自滅の方向に向かう危険性が増してしまいます。ところがリーダーの適切なメッセージがあれば、人々の不安を取り除かれ、冷静さとポジティブ思考を取り戻すことができます。

 英国のウィンストン・チャーチルは「短い単語ほどたいていは古い。それらの意味は国民性により深く根差しており、より多くの(人の)心に訴える」という興味深い言葉を残しています。

 たとえば、今回の新型コロナウイルスの危機的状況で国民性の違いは善くも悪くも非常に大きな影響を与えています。日本である識者が「この際、働き方を根本的改め、働きアリを止めた方がいい」といいました。確かに日本人は働き過ぎと言われているので「そうだな」と共感する人も少なくないかもしれません。

 ところが勤勉で知られる日本国民のDNAの中には働くことの美徳が刷り込まれています。だから「早く皆で感染拡大を抑え、安心して働ける状態に戻しましょう」という方が、日本人の心を掴みやすいでしょう。不確かな状況に極端な不安を感じる日本人の国民性からすれば「安心」「安全」という短い単語のインパクトは大きいわけです。

 チャーチルは「簡潔さ」と題した覚書も残しており、「不明瞭な語句」を1つの「話し言葉」に置き換えるよう官僚に促し「簡潔さは明快さに等しく、率直さは物事をより理解しやすくする」と指摘しています。世界中、官僚答弁は分かりづらく、それを棒読みする政治家のメッセージ性は非常に貧しいものです。

 横浜港沖に停泊中の大型クルーザー、ダイアモンド・プリンセス号でコロナウイルスが蔓延した2月、不慣れなこともあり、担当の加藤厚生大臣のメッセージは要領を得ず、人々を不安に陥れました。官僚出身の加藤氏は、足下の官僚の意見を考慮し、言葉を選んではいても話すたびに不安は拡がりました。

 官僚的には法的にどんな複雑な事情があっても、その舞台裏よりも政府の意思を示すべきだったのが、それが見えませんでした。安倍政権もコロナ禍への対応で当初、後手後手に回り、国民の批判を浴びたのは政府の明確なメッセージを発出できなかったからです。

 「たとえば、どんなことがあっても人命を最優先で守ります」といえばいいところを、頭の中に東京オリンピック開催や経済活動への悪影響など複雑な事情が脳裏にあり、国民を安心させるメッセージを逆に発することができませんでした。

 もう一つ重要なのがメッセージの物語性です。人は理論より物語によって物事を理解するようにできています。最もをそれを熟知していたのが、イエス・キリストだと言われています。非常に多くのたとえ話が語られ、それは2000年を超えて人は心を掴んでいます。

 たとえば、「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その1匹がいなくなったら、99匹を野原に残しておいて、いなくなった1匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか」というたとえ話があります。これはイエスが取税人や罪人と食事をしている時に、当時のユダヤ教指導者から批判された時の話です。

 イエスは、その見失った1匹を探し出した時に得られる喜びは非常に大きいことに譬え「罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない99人の正しい人のためにもまさる大きな喜びが、天にあるであろう」と説明しました。これは当時の人間に教養がなかったからたとえ話をしたのではなく、人はコンテクスト(文脈)で物事を深く理解するからです。

 理論では人の心は掴めないという話です。一国のリーダーや組織の長は、いかに国民や部下を思いやっているかを伝えなければ、心を一つとして危機を乗り越えることはできません。ましてその思いを伝える前にリーダーへの忠誠心を強調するのは人間を信頼しない間違ったリーダーシップです。

 共感が重要さを増す時代、多くの人に安心と希望を与えるメッセージを発することは重要さを増すばかりです。せっかくいい危機対応をしていても、メッセージが乏しければ評価には繋がりません。