Dictator vs Democracy

 安倍政権で30万円の給付が批判を浴び、一律10万円給付に変わり、世論は落ち着いているようです。しかし、裕福でなおかつ高額年金生活者も10万円、経済活動の停止で生活が行き詰まり、切り崩す預金もない人にも10万円の不平等さは放置され、より困った人を助けるという最初の精神は骨抜きになりました。

 フランスでも文化芸術活動に関わる人にも手厚い失業保険や社会保障税の免除などの制度がもともとあり、そこに政府はフリーランスや短期契約労働者の失業手当受給条件の緩和緊急策や、緊急基金を創設したにも関わらず、有名人などが連名で4月末に左派系日刊紙ル・モンドにオープン・レターを掲載し、ダンサー、コメディアン、映画製作者など短期契約の舞台芸術労働者の明確な支援計画を迫りました。

 すると、マクロン政権は、文化芸術活動の労働者の失業給付を来年8月31日まで延長すると発表し、さらに30歳未満のアーティストに特化した「大規模なパブリック・コミッション・プログラム」を検討していることも明らかにし、要求に応じようとしています。この問題はSNS上でも議論されていました。

 世論が騒げば、政府は簡単に方針を転換する現象は、今回のコロナ禍で如実です。そこには2つの問題があると思います。1つは、もともと政治家や官僚が国の現状、国民が何を本当に必要としているかを正確に把握できていないという政治・行政と国民との距離が相当あるという問題です。

 2つ目は、今やSNSなどの発達でネット民主主義とでも呼ぶべき、大衆政治が当り前になってしまっていることです。政府は既存のマスメディアと同じくらいの比重でSNS上の世論を重視しており、不人気な政策は簡単に取り下げる現象が起きています。ポピュリズムの脆弱さが現れているともいえます。

 政治家の方も自分を支持する有権者のみにしか関心がなく、例えばブラジルやフィリピンの大統領は過激な言動で物議を醸し、新型ウイルス対策でもブラジルのボルソナーロ大統領は厳しい封鎖措置を取ろうとせず、今や世界4番目の感染者数を出していても、彼の猛烈な支持基盤は揺らいでいません。

 フィリピンのドゥテルテ大統領は逆に政府が出した厳しい封鎖規則を守らない者を「射殺してしまえ」といつもの過激発言を行っていますが、それでも彼の支持者が激減することはありません。物事を極端に単純化し、明確な方針を出すポピュリズム政治家は増える一方です。

 彼らは何をしたら支持者に受けるかを動物的な鋭い感で関知する能力に長けています。前言を翻すことなど平気です。間違ってもなかなか誤ろうとせず、周辺の閣僚や官僚の首切りで急場をしのいで時間が経つのを待ちます。今、彼らにとって不快な存在は感染症の専門家です。

 経済の専門家ではない医学の専門家が科学的データをもとに政治介入しているような印象を与えています。国民は科学的データに弱いのと、命に関わる健康問題は最優先に考える傾向があるので、経済を心配する政治家や経済専門家より、疫病専門家のいうことに耳を傾けています。

 すると今度は経済の専門家が警告を発し、物事を単純化したいポピュリズム政治家は疫病と経済の両方の専門家の間で高度が判断を迫られますが、実は大した哲学や信念を持たない政治家が多く、迷走が続く現象があちこちで起きてしまっています。

 ナショナリスティックなポピュリズム政治家は、グローバリゼーションで追い詰められた弱者の怒りから生まれたわけですが、結果、超内向きで疫病対策で国際協力関係は、ほぼできていません。逆にコロナ危機で得点を稼ぐ指導者の方が多いように見えますが、そのうち本当の危機がくれば彼らも糾弾されるでしょう。

 国民が騒げば八方美人的に金をばら蒔くことは1時凌ぎにはなっても、長い目で見れば命取りになりかねません。途上国だけでなく先進国も借金地獄に陥る可能性が着々と高まっていますが、国民は金を要求し続けています。

 このような状況でも、まったく経済的に困っていない人々に国民の税金をつぎ込む愚かさにはブレーキを踏むべきでしょう。そこには一貫性とより多くの人が納得する政治哲学とそれを伝えるコミュニケーション能力が必要です。

 国民が必要とするものは全て知っているし、例外のものを望んではいけないとした共産主義は滅んでしまいましたが、逆に何でも国民に聞けばいいという安易な政治や欲望の政治学に振り回されるポピュリズムより、国民の良心を呼び覚ます政治でなければ、国家も世界も破綻してしまうと心配しています。

ブログ内関連記事
感染者の人種的偏りへの指摘 野蛮な民族・種族主義は心の闇に火をつけるだけ
スウィッシュ型景気回復予測 V字回復は望めない厳しい現実にどう対処すべきか
脱グローバル化時代への準備は万全か 新型肺炎ウイルス感染対策でも気づかされる国家の力
政治家や専門家の意見に苛立つSNSの声 共感時代到来で日本にもポピュリズムの風が吹く