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 経済活動が大きく減速する中、全てがスローダウンし、あるいは停止状態にある時を生かして、今は充電期間と割り切る人も少なくないでしょう。時間はありがたいものです。長年住むフランスのいいところは何ですかと聞かれることがありますが、私は「ゆったりとした時間の流れ」と答えています。

 初めてフランスを訪れた約30年前、フランス人の妻の親戚の女性の誕生会に参加しました。その女性は85歳で、集まったのは子供から高齢者まで約30人ほどでした。感動したのは世代間のギャップを感じなかったことです。若者だけが集まるわけでもなく、85歳の女性と20歳くらいの男性が一緒に踊ったりしていました。

 若者たちも「自分たちも、そのおばあさんと同じように歳を取る」という雰囲気が漂っていました。日本ではあまりにも世の中は激しく変化し、高齢者を見ても自分はきっと違った人生を生きるだろうと考えがちですが、その場に加したある30代の女性は「私もあのおばあさんのような老後を過ごせたらいいなと思う」といったのが今でも記憶に残っています。

 その時感じたことは、ゆったりとした時の流れでした。何百年も前から、本質的には人間の人生など、そんなに変わらないという人生観を感じ取りました。目まぐるしく変化する社会の中で、PCが使えない、スマホが使えない、ネットが使えない人は、まるで社会の落伍者のように扱われる日本ですが、「それがどうした」というフランス人の高齢者の迫力に敬服します。

 私は時間に追いまくられる日本社会がスローダウンすることを密かに歓迎している一人です。無論、ビジネスに行き詰まり、破産寸前の悲劇に見舞われている人には失礼な話ですが、「ボヤボヤしていると社会に置いていかれる」という考えを一旦停止し、充電する期間だと割り切るのも一つの方法です。

 例えば、テレワークでも重要度を増す効率的に相手に自分の意思を伝えるロジカルコミュニケーションについて、この期間にスキルを向上させる学びを行うことも考えられます。また、そのスキルを支えるロジカルシンキングのスキルを磨くという選択肢もあります。

 私が研修で行っているテーマですが、様々な理論や方法論、スキルアップ演習を行うことも重要ですが、実は私自身を振り返ってみると、私はロジカルに話すことで苦労したことはありません。アメリカ、ヨーロッパでたくさんの要人インタビューを重ねてきましたが、いい結果を得られてきました。

 イタリア・トリノでイタリア財界の大物で伊自動車メーカー、フィアットのウンベルト・アニエッリ元社長(故人)にインタビューした時も「今日のインタビューは非常に興味深かった」といわれ、ドイツで規模の大きなビジネスのプレゼンをした時も「素晴らしいプレゼンだった」とドイツ人投資家に褒められました。

 けっしてバイリンガルの語学力があるわけでもない私ですが、逆にどうして自分の話し方は、いつも「分かりやすい」といわれます。いいたいことがはっきりしていることもありますが、相手の国籍、文化を問わず、問題が起きたことはありません。その能力を自分なりに分析してみると、やはり大きいのは若い時に哲学を学んだことだと思っています。

 無論、今では私自身を含め、コミュニケーションの専門家が多くの本を書き、ビジネススクールで教え、企業研修でロジカルシンキングやロジカルコミュニケーションを学ぶことができますが、自分自身でやれること、それも今のような充電期間を与えられた時に本質的な部分で自然な形でスキルを習得できるのは、ビジネス書より哲学書を学ぶことを薦めています。

 コミュニケーションを成功させる鍵は、共通のテーマ、共有できる目標を見つけることが最も重要です。ハーバード流交渉術でも、相手が得たい利益目標に注目せよといいます。その最もベースになるのは常識です。常識の共有度が高い日本人は空気を読むことに多大なエネルギーを費やして生活しています。しかし、それは目に見えない不明確なものです。

 私は家に西田哲学や田邊元の哲学書があったために高校生の時に読みふけり、さらにはアリストテレスやプラトンに始まり、ハイデッガーやキルケゴール、カントなど西洋哲学書を十分に理解する力はなかったにも関わらず、大量に読んでいました。それは世界と人間を知りたかったからです。

 そこにあったのは普遍性というものです。人間なら国籍や人種に関わらず、誰もが共有できる普遍性があるはずというものです。それは誰もが平等に与えられた「考える」ことでもあります。学歴も関係ありません。ドストエフスキーの小説の中では雑貨屋の親父と医者などインテリが、普通に議論しているのに感銘を受けたこともありました。

 つまり、コミュニケーションの鍵を握る共通のテーマというのであれば、表層的なビジネスのテーマの前に共有できる普遍性があるかが問題です。もう一つはその普遍性を求めるための科学性です。ここにロジカルということが出てきます。哲学には普遍性、論理性が詰まっています。思考力も学べます。

 物事を正確に正しく理解し、分析し、答えを出すという基本的なものが哲学には詰まっています。本来は大学で文系、理系問わず、哲学と数学は基礎学問として学ぶべきと今でも思っています。田邉元はいいました。「哲学とは哲学することだ」と。つまり哲学書を読むことは知識、教養を増やすことではなく、考え抜くことだというわけです。

 これは誰にも与えられた自由意志で行えることです。それと哲学はけっして知だけでなく、心も磨くものです。今はマンガで哲学を学ぶこともできます。テレワークで増えた自分の時間を、非日常とでもいえる哲学書を読む時間、あるいは哲学する時間に当てることを私はお薦めします。

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