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 新型コロナウイルスに感染し、療養中だった英国のジョンソン首相が公務再開に向けて動きだしています。21日にトランプ米大統領と電話で首脳会談を行い、段階的に代理を勤めてきたラーブ外相から仕事が移行され、意思決定の中心に戻る流れです。英国では自身が感染経験者になったことで、どんな政策を打ち出すかが注目されています。

 その英国では新型コロナウイルスの感染死者数が政府の発表より4割以上多いことが英国民統計局の統計で明らかになり、不安が拡がっています。病院での死者のみを数え、自宅などで亡くなった人を対象外としていたためで。犠牲者はすでにフランスのように2万人は超えているであろう実態がが浮かび上がりました。

 そんな中、英国も世界中の国々同様、経済への懸念が深刻さを増しており、年末までの完全なブレグジットに向けた交渉にも暗い影を落としています。ラーブ外相はそれでも「人命が第1であり、経済は2番目」と記者会見で明確なスタンスを語っており、これはフランスのマクロン大統領やドイツのメルケル首相も同じです。

 南欧及び北アフリカ・マグレブ諸国の治安情報分析を20年以上行ってきた私は、日本のリスクマネジメントも東日本大震災以降、かなり変化してきたと見ています。一般的にリスクマネジメントは危機が起きる前から起きた時とその後全体を管理することを指し、日本では過去に「危機管理」という概念は起きた後の対応だけを指す認識が主流でした。

 「備えあれば憂いなし」というのがリスクマネジメント基本的姿勢ですが、その原型である保険の考え方でも分かるように、危機が起きなければ、単なる出費に終わる可能性もあります。日本が海外でリスクマネジメント専門の担当者を置いていないケースが多いのも、無駄な非生産的出費という考えが未だに残っているからです。

 しかし、今回の新型コロナウイルスの危機は、多くの教訓を残すことになりそうです。もし、英国のワクチン開発チームを主導するオックスフォード大学のサラ・ギルバート教授が指摘するように、新型ウイルスに繰り返し感染する可能性があるとすれば、コロナとは長い付き合いも予想されます。

 そのリスクマネジメントを支えるマニュアルづくりで重要なのは一貫性です。筋が通っているということです。逆に失敗する例は、場当たり的に対応してしまうことで、日本政府の対応はその例かもしれません。具体的には価値観がはっきりしているということで、そこから優先順位も決定されるわけです。

 最近、日本ではロックダウンはしないものの、要請が強制に近い形で行われています。政府は閉店要請に応じないパチンコ店などの名前の公表をちらつかせていますが、さすが村社会、法的措置が取れなければ、世間が袋叩きにしてくれるという社会制裁の習慣を使おうとしているようです。

 そこで聞こえてくるのは、閉店する店の店主が「断腸の思いで」という言葉を頻繁に口にしていることです。経営的には当然の言葉ですが、閉店しないと風あたりが強くなるのか、短期間で危機を乗り切るためには選択の余地のない判断なのか、動機はさまざまでしょう。

 短期間で封じ込められる見通しがあるために世界ではロックダウンも行われているわけですが、ここで重要なことは関係者全ての共感を得る説得力のあるリスクマネジメントを実行しなければならないことです。リスクマネジメントそのものは犠牲を伴う非生産的ともいえるものだからです。

 例えば、再起不能なほどの経済的ダメージを与える措置も実行しなければならないこともあります。人工呼吸器が不足し、高齢者より若者を優先して治療する決断も下さなければなりません。イタリアの医師は「道徳的には問題があってもやるしかない」と苦しい胸に内を明かしていました。

 しかし、危機は繰り返し、変容し、さらに高まるという性質があります。今回は人命と経済が天秤にかけられているように見えますが、最初から同列に論じる話ではありません。日本には「命あっての物種」という諺があります。優先順位は最初から分かっている話です。しかし、日本政府は企業活動を人命以上に心配して失敗した感があります。

 つまり、リーダーの日頃の価値観が出てしまうということです。物事の優先順位が付けられない、あるいは本末転倒してしまうことは、もっともリスクマネジメントでやってはいけないことです。その順位を誰もが共感できる基準で決められるのがリーダーです。

 価値観や目的が明確であれば、筋の通った一貫性のある対策を打ち出せるはずで、場当たり的になったり、後手後手になったりはしないはずです。官僚が「前例がないから」などというのは、そもそも目的を忘れ手段が目的化してしまっているからにほかなりません。

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