Leadership-Role

 東日本大震災の時、私は妻の郷里であるフランス西部ブルターニュ地方の小さな町にいました。薬局に行ったら、私を日本人と知るはずのない薬剤師が「あなたの家族は大丈夫か」と聞かれ、驚きとともに有り難い気持ちになりました。

 テレビでは当時、地震の影響で公共交通機関が止まり、東京では帰宅困難者が駅構内などで寝泊まりする姿が報じられました。しかし翌日以降、徐々に交通機関が運転を再開すると「この国では何事もなかったように通勤する人々の姿が見られるのは驚きだ」とフランスのテレビは報じたのが忘れられません。

 多くの映像はNHKから入手したもので、フランス報道機関の特派員は震災後、台湾や中国、韓国に逃げ出したり、本国に帰国し現地で取材するのはフリーランスのみでした。エールフランスは成田発着便のフランス人乗員が福島の原発事故を受け、成田に向かうことを拒否し、ソウル仁川空港に向かいました。

 フランスの雇用法では従業員が仕事で命の危険を感じた場合、仕事を拒否できるだけでなく、その結果の降格、解雇も禁じられています。新型コロナウイルスの問題で、まずフランスで批判されたのは、日本で4月に新入社員研修を決行する会社があったことです。葛藤しながら研修所に向かう新入社員について、この国の人権はどうなっているとSNS上で批判の声が行き交いました。

 もしかしたら疫病に対する恐怖心という意味では、日本人はあらゆる途上国よりも感性が鈍いのかもしれません。先進国、新興国、途上国問わず、経済活動と人命を天秤にかけて経済活動を優先する国は世界の報道を見ても見当たりません。

 国民の人命を最優先で守ろうとしない政府は、どこの国でも糾弾され、暴動が起きている国もあるほどです。テレワークへの切り替え率があまりに低い日本は、経済活動を停止するかスローダウンしても人命を守るという考えが、あたかもないように見えます。無論、休業補償や個人の給与補償などの経済補償を渋る政府の影響もあるでしょう。

 大震災の数日後に通勤ラッシュが起きたように、緊急事態宣言が出ても朝の満員電車も会社に向かうサラリーマンの姿も変わらないことを、世界はいぶかっています。そこで飛び出したテレワークを困難にしている印鑑文化や紙ベースの業務形態、これらを命をかけて守ろうというなら笑うしかありません。

 多くの日系企業のコンサルをやらせてもらう私の知る限り、今回の問題の核心はリスクマネジメントの基本について、国家中枢部のリーダーから会社の幹部まで分かっていないことが最大の原因だと私は見ています。日本はもともと価値観とかヴィジョンを明確化することに弱く、物事に優先順位を付けるのが苦手です。

 状況に合わせてその時その時で手を打つのが日本のスタイルです。そのため日本政府は小出しに方針を打ち出し、大胆な政策は避けています。企業も状況を見ながら、どこまで経済活動を継続できるかにフォーカスしており、それ以前の問題として社員の人命は優先される考えは希薄に見えます。

 経営者は口を揃えて「人あっての企業」といいますが、人命が失われたら、元も子もありません。まるで人はいくらでも代替できるといいたげです。ヨーロッパでは「中国人は息を吐くように嘘をつく」「日本人は組織に人生を捧げ、働くことは宗教だ」といわれますが、今日本で起きていることは、まさにその通りです。

 しかし、補償がなければ命の危険があっても、会社に通い続けるしかないのが日本のサラリーマンでしょう。だから、組織や働くことを人生の中心に置いているサラリーマンを攻めるわけにもいきません。フランスと違い、命の危険があるので会社に行かないといえば首になるリスクも抱えているからです。

 問題の本質はリスクマネージメントの核心はリーダーシップにあることです。人の上に立つ者がどのような価値観を持ち、何を優先するのかということです。テレワークが進まないのも通勤を続ける当人の問題ではなく、それを放置している上司の問題であり、会社全体の意思決定を行える幹部の問題です。

 たとえば、このコロナ禍を機会に業務のデジタル化を加速させようという気運があります。そのための投資に国も支援の方針です。ところがデジタル化に躊躇しているリーダーは日本では意外と多いといいます。「自分は機械音痴だから」とか「アナログの方が安心だから」と言い訳していますが、実は日本の職人文化では経験則が重要なので、リーダーが未知の世界に踏み込むのは至難の業です。。

 実は、日本の会社は本当の意味で成果主義ではないので、やる気のない古い社員も多く抱えています。大企業には終身雇用の弊害として生まれた極めてモチベーションの低い中年以上の社員が放置されたままになっている。彼らは生産性の向上より日常を変化させないことや保身を重視します。

 某日系大企業に15年間、派遣で勤めた女性が退社宣言しました。彼女は非常に能力が高く、何年間も重要な仕事を任されていたそうです。辞めた理由は正社員には絶対になれないことが分かったからだと本人から聞きましたが、本当の理由は能力も生産性も低いだらだら働く正社員への不快感が限界に達していたからだといっていました。

 私は「上ばかり見て仕事をするのをやめよう」とリーダーシップ研修で強調しています。上司の顔色を伺いながら仕事をするのは、日本の歴史的に残る「主人に仕える下僕の精神」や「親に対する孝行の精神」ですが、これらの精神は主人や親が常に正しい判断を下す前提がなければ機能しません。

 今回、国家の上から下まで人命重視が見られないのは、通勤し続けるサラリーマンよりは、上司の判断力、決断力、働き方を進化させる意識の欠落だと私は思っています。政府も同じです。空気ばかりを読んで出世してきたリーダーは、空気を変える人間ではありません。

 印鑑文化や紙文化の維持は人命を犠牲にしてまで守るようなものではないはずです。働き方を大きく変えるチャンスであり、社員の幸福を重視する文化を育てるチャンスであり、変化やリスクに強い組織にするチャンスであり、それはリーダーの考え一つだと思います。

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