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 日本政府はようやく新型コロナウイルスの押さえ込みのために緊急事態宣言を発令しました。「遅すぎる」(英BBC、米CNNなど)「強制力なしで実効性に乏しい」(仏AFP)とネガティブな反応が多く、SNS上ではロックダウン状態のニューヨークやロンドンの日系医療関係者や日系住民が、日本の危機感のなさを批判しています。

 そもそもフランスの日刊紙ル・モンドは2月27日の記事で「オリンピック開催に向けて日本政府が状況をコントロールしようと試みているが、国民の間には不満が広がっている」と伝え、人命よりオリンピックと伝えていました。世界の主要大都市がロックダウンされる中、韓国の対策措置の速さを評価する声はあっても、日本の特殊な対応には眉をひそめる方が多いのが現状です。

 そのため、私などはフランス人の親族や友人だけでなく、アメリカ、英国、ドイツ、イタリア、スペインなどの友人からも「日本の感染者数や感染死亡者数が異常に少ないのはなぜか」「日本だけロックダウンを決行しない理由は何か」という質問責めにあって困惑していました。

 そこに今度は強制力のない緊急事態宣言、給与補償もなく、様々なことが「要請」に止まることについて説明を求められています。特にフランスは外出制限に対して、しっかりサラリーマンの給与補償がされているので、日本のやり方は働く人間を軽視していると非常に批判的です。

 そもそも日本には、疫病の国家的緊急時に対応した法律が存在しません。戦争などの有事に対する法律も整備されていないのが現状です。日本政府が給与補償できないのは、外出自粛もテレワーク推奨も「要請」であって、法的補償はできないというロジックです。

 つまり、「強制」ではなく「要請」ということで、政府の国民に対する法的義務は生じないというわけですが、実際には日本の社会的慣習では、政府からの要請で、ほとんどの人がそれを守る中、誰かが無視すれば白い目で見られ、バッシングを受け、排除されるという現実があります。

 官憲が町を歩き回り、反政府分子を捕まえ、拷問したりしていた第2次世界大戦下のトラウマから、政府が強権を持つことを嫌い続けて75年が経ちました。戦争はしないがアメリカ軍に守ってもらう矛盾に満ちた「不戦の誓い」で、有事の法整備は放置されたままになっていることが、コロナショックで露呈した形です。

 リスクマネジメントの基本中の基本である緊急時の意思決定に関わるリーダーシップ、権限、責任の所在を明確にする法的根拠も曖昧なまま、これで北朝鮮がミサイルを打ち込んできた場合や中国などの他国から攻撃を受けた場合、さらには疫病の蔓延などの緊急時への備えは、他の先進国どころか新興国、途上国に比しても未整備なままです。

 日本人は政府や自治体が要請すれば、ほぼ全員が従順に従うので強制力や罰則は必要ないという考えは、自民党内にもあるといわれています。「国民の良識」というものですが、実際には政府の要請は国民に大きな不安を与えており、不安が不満に転化すれば良識は機能しなくなるのも時間の問題です。

 無論、今でも世界的に見れば日本人の倫理観は高いといえますし、上が決めることには従順に従うべきという忠誠心もある方です。しかし、それは政府が国民に不安を与えないことが前提なので、事業継続補償も給与補償も一切しないとなれば、話は別でしょう。

 国民に安心感を与えるためにはきめ細かな対応が必要です。それは日頃から国民が何を必要とし、何に困っているかに強い関心を持っておく必要があります。学校一斉休校を発表しながら、夫婦共稼ぎ世帯が大多数を占める現実で生じる問題を想定できなければ、安心は与えられません。

 要請は実は日本では強制に近い効力があることは日本人の多くが知っています。なのに補償はないというわけですから、事業の存続が脅かされ生活に困窮する事態で、戦時下のように「欲しがりません勝つまでは」「ぜいたくは敵だ!」などと国民総動員の精神を期待することは今の時代にはできません。

 あくまで日本は他の国とは違い、高い国民の良識で危機は乗り切れるというのは幻想です。性善説だけを頼りにしては、多様化、グローバル化した時代にウイルスとの戦いに勝つことはできないでしょう。時限立法でも強制力と補償をセットにした法制化は必要と思います。

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 日本政府はようやく新型コロナウイルスの押さえ込みのために緊急事態宣言を発令しました。「遅すぎる」(英BBC、米CNNなど)「強制力なしで実効性に乏しい」(仏AFP)とネガティブな反応が多く、SNS上ではロックダウン状態のニューヨークやロンドンの日系医療関係者や日系住民が、日本の危機感のなさを批判しています。

 そもそもフランスの日刊紙ル・モンドは2月27日の記事で「オリンピック開催に向けて日本政府が状況をコントロールしようと試みているが、国民の間には不満が広がっている」と伝え、人命よりオリンピックと伝えていました。世界の主要大都市がロックダウンされる中、韓国の対策措置の速さを評価する声はあっても、日本の特殊な対応には眉をひそめる方が多いのが現状です。

 そのため、私などはフランス人の親族や友人だけでなく、アメリカ、英国、ドイツ、イタリア、スペインなどの友人からも「日本の感染者数や感染死亡者数が異常に少ないのはなぜか」「日本だけロックダウンを決行しない理由は何か」という質問責めにあって困惑していました。

 そこに今度は強制力のない緊急事態宣言、給与補償もなく、様々なことが「要請」に止まることについて説明を求められています。特にフランスは外出制限に対して、しっかりサラリーマンの給与補償がされているので、日本のやり方は働く人間を軽視していると非常に批判的です。

 そもそも日本には、疫病の国家的緊急時に対応した法律が存在しません。戦争などの有事に対する法律も整備されていないのが現状です。日本政府が給与補償できないのは、外出自粛もテレワーク推奨も「要請」であって、法的補償はできないというロジックです。

 つまり、「強制」ではなく「要請」ということで、政府の国民に対する法的義務は生じないというわけですが、実際には日本の社会的慣習では、政府からの要請で、ほとんどの人がそれを守る中、誰かが無視すれば白い目で見られ、バッシングを受け、排除されるという現実があります。

 官憲が町を歩き回り、反政府分子を捕まえ、拷問したりしていた第2次世界大戦下のトラウマから、政府が強権を持つことを嫌い続けて75年が経ちました。戦争はしないがアメリカ軍に守ってもらう矛盾に満ちた「不戦の誓い」で、有事の法整備は放置されたままになっていることが、コロナショックで露呈した形です。

 リスクマネジメントの基本中の基本である緊急時の意思決定に関わるリーダーシップ、権限、責任の所在を明確にする法的根拠も曖昧なまま、これで北朝鮮がミサイルを打ち込んできた場合や中国などの他国から攻撃を受けた場合、さらには疫病の蔓延などの緊急時への備えは、他の先進国どころか新興国、途上国に比しても未整備なままです。

 日本人は政府や自治体が要請すれば、ほぼ全員が従順に従うので強制力や罰則は必要ないという考えは、自民党内にもあるといわれています。「国民の良識」というものですが、実際には政府の要請は国民に大きな不安を与えており、不安が不満に転化すれば良識は機能しなくなるのも時間の問題です。

 無論、今でも世界的に見れば日本人の倫理観は高いといえますし、上が決めることには従順に従うべきという忠誠心もある方です。しかし、それは政府が国民に不安を与えないことが前提なので、事業継続補償も給与補償も一切しないとなれば、話は別でしょう。

 国民に安心感を与えるためにはきめ細かな対応が必要です。それは日頃から国民が何を必要とし、何に困っているかに強い関心を持っておく必要があります。学校一斉休校を発表しながら、夫婦共稼ぎ世帯が大多数を占める現実で生じる問題を想定できなければ、安心は与えられません。

 要請は実は日本では強制に近い効力があることは日本人の多くが知っています。なのに補償はないというわけですから、事業の存続が脅かされ生活に困窮する事態で、戦時下のように「欲しがりません勝つまでは」「ぜいたくは敵だ!」などと国民総動員の精神を期待することは今の時代にはできません。

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