Abe mask

 新型コロナウイルスの対策として、日本政府がマスク2枚を全国民に配布する方針を打ち出し、世界から失笑を買っています。政府が国民を思う気持ちは、その程度かいうわけです。目的は感染拡大防止のためにマスクをしてウイルスをまき散らさせないようにするということでしょうが、国民は有り難いとは受け止めないでしょう。

 30年前の話ですが、ある取材のため、京都大学の名誉教授だった故会田雄次氏の自宅を訪ねたことがあります。当時、日本を代表する知識人といわれ、保守の論客として活躍していた会田氏と対面した時、日本はバブル経済の頂点にあり、欧米先進国を抜く勢いなどといわれ、鼻息が荒かった時期でした。

 そこで会田先生は私に「欧米人はソーシャビリティ、ホスピタリティという点で、今日なお世界の田舎者である日本人とは段違いに訓練されているため、本心を把握するのは困難だ」と仰ったことを鮮明に覚えています。今のとは時代も違いますが、話題は親日家といわれる欧米人が急に日本批判を展開したりする現象についてでした。

 そこで飛び出したソーシャビリティとホスピタリティは、なぜ、会田氏が日本語でいわず、英語でいったのかというと、なかなか英語を置き替えることができる適切な日本がないからです。今ではホスピタリティは「おもてなし」などと訳されていますが、それでも十分な訳語とはいえない。

 今では、企業のIT管理者が「ソーシャビリティテスト」と呼ばれるテストを頻繁に実施して、さまざまなソフトウェアが1台のコンピュータ上で調和して動作することを確認する時に使われる用語を連想する人もいるでしょう。ソーシャビリティは田舎者の対義語ともいえ、一般的には社会性、社会力、円滑な人間関係を築く洗練された態度を意味するソーシャルスキルです。

 日本では高校や大学を卒業すると「社会に出る」といい、受け入れる側の企業は、社会性を身につけさせるのが新入社員研修の基本です。しかし、社会という言葉は日本の歴史では明治以降にできた新しく言葉で、世間という言葉を置きかえたものといわれ、日本にはもともとない概念です。

 たとえばヨーロッパは「広場の文化」といわれ、町の中心には教会や役所、有力商人の館に囲まれた広場があります。ベルギー・ブリュッセルのグラン・プラスやパリのコンコルド広場がそれに当たりますが、その広場は政治、祭事を行う場であり、民主主義の原型ともいわれています。

 つまり、公(おおやけ)という概念です。これが市民が作る社会に繋がっています。農業国の日本は家族、親族、一族、村、農民、庄屋、氏族、権力者は存在しても、全員が参加する公の場はありません。市民というコンセプトもありません。当然、ソーシャビリティも必要なかったといえます。

 新入社員に社会性を身につけさせるといっても、日本にはソーシャビリティの訓練を受けたエリートという概念はないので、社会のルールー、ビジネスマナー、会社個々の文化習慣を教えることを意味しています。本当は欧米のビジネスエリートと渡り合うためのソーシャビリティは、そんなものではありません。

 実はグローバルビジネスで学ぶべきは、このソーシャビリティにあるのですが、今の世界の現状では、ソーシャビリティやホスピタリティの訓練を徹底して受けているヨーロッパ先進国が経済的には発言力を失っており、世界1にこだわる田舎者のアメリカ人や面子にしか興味のない中国人が幅を利かせているために、ソーシャビリティやホスピタリティは二の次と受け止められがちです。

 しかし、国連やトップ外交の場、グローバルビジネスの場では、ソーシャビリティとホスピタリティは必須であることに変わりありません。そういうと「日本人のホスピタリティは世界的に非常に高い評価を得ているじゃないか」という人もいるでしょう。

 無論、お客さんをもてなすという意味では、客の要求を高いレベルで察知し、丁寧に答えていくという意味では日本のおもてなしはレベルが高いといえます。しかし、職場におけるホスピタリティは、どうでしょうか。従業員の仕事に見合った給与体系や福利厚生、生産性を高め労働時間を短縮し、休暇を増やす努力は十分とはいえません。

 ホスピタリティの本質である円滑な人間関係構築という意味でも、社員が本音をいえないギスギスした職場では、社員のモチベーションは高まりません。全員がお互いを思いやりながら働ける環境づくりが必要ですし、特にリーダーの部下へのホスピタリティが重要いう考えが十分に普及していません。

 その意味では、ホスピタリティは顧客に適応されても社員には適応されておらず、金儲けの手段でしかないのは世界に誇れるとは到底いえません。今は新型コロナウイルスで政府が国民一人一人の人命を優先するのか、企業活動を優先させるのかでもホスピタリティが問われています。

 軽症感染者を病院ではなくホテルで隔離する方向のようですが、その隔離先が空気の悪いビルの谷間に建つ一部屋3畳しかないビジネスホテルで、どうやって数週間過ごすのでしょうか。世界的レベルでは人間扱いとはいえず、免疫力を落とす逆効果も考えられます。国民に対する自治体のホスピタリティが問われるところです。

 ソーシャビリティとホスピタリティは文明国の必須条件です。マスク2枚の配布で国が国民を思う気持ちが伝わるはずがありません。不安と恐怖に怯える国民に何ができるかを日本政府が考えているとは到底思えない状況です。

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