Bill_og_Melinda_Gates

 Windowsを開発したマイクロソフトの生みの親、ビル・ゲイツ氏が3月13日、取締役会から正式に退きました。2008年にはマイクロソフトの一線を退き、会長職に就き、妻のメリンダとともに立ち上げたビル&メリンダ・ゲイツ財団の慈善活動に専念し、 14年には会長職も辞任し、新任のサティア・ナデラCEOの技術アドバイザーとしてサポートしていました。

 ゲイツは1995年以降、世界長者番付で合計18回も世界1位となった前例のない成功したビジネスマンです。17年以降はアマゾン創業者であるジェフ・ベゾスに1位の座を抜かれましたが、依然2位に付けています。19年4月時点のゲイツの資産額は1006億ドルとされています。

 その巨額の資産を活用するビル&メリンダ・ゲイツ財団を通じ、エイズ研究へ多額の支援を初め、最近ではアメリカの権威ある医学問題誌「ニューイングランド・ジャーナルオブ・メディシン」電子版に「新型コロナウイルスは今世紀最悪のパンデミックか?」という論文を掲載したりしています。

 そこで、今回の新型コロナウイルスの感染拡大について、ゲイツ氏は致死率が1%前後というのは、1957年の季節性インフルエンザのパンデミックの致死率0.6%を上回り、1918年のスペイン風邪に迫る危険性を持っていると分析し、間接的に事態を甘く見るトランプ政権に警告しています。

 アメリカの多くの富裕層が慈善事業に熱心なことは知られていますが、ゲイツ氏はその先頭を走っているといえます。大富豪のウォーレン・バフェット氏とともに立ち上げたギビング・プレッジという団体を通し、大富豪たちに「資産の半分を寄付」するよう呼び掛ける運動も順調です。

 ゲイツ氏は、その意味でビジネスで成功しただけでなく、世界的な慈善活動は現在進行形です。無論、ビジネスでの偉業がベースにある話ですが、彼が確立した成功モデルは、いうまでもなくプラットフォームビジネスの先がけだったということです。

 誰もがどんな場合にも必要とする基盤を提供する、それも世界が長期にわたって必要とする物を時代に則して進化させて、そのシェアを絶対的にしてきたのが、PCのOSであるWindowsです。スティーブ・ジョブズのアップルのOSと並び称されますが、Windouwsは、より需要が見込まれるビジネス界で圧倒的シェアを獲得してきました。

 個人的にいえば、Windowsの歴史はとてもアメリカらしいアプローチで賞賛とはいえません。というのも85年に登場したWindows、90年のWindows3.0、さらに改良を重ねた95年、その後の98、ネット時代に対応した2000と続く全OSと付き合った私としては、消費者として多額を費やす羽目になったからです。

 アメリカらしいというのは日本だったら市場に流す製品として、あまりにも未完成なのに、行け行けドンドンでチャンスを逃すまいと次々に新しいOSを市場投入し、不具合は消費者からのフィードバックで修正すればいいというアプローチは、アップルとも似ています。他の選択肢のない強みでユーザーはOSだけでなく、ソフトや周辺機器の入れ換えまで強要されました。

 それはともかく、プラットフォームビジネスはその後、ファイスブックなど単なる基幹技術の分野を離れ、サービス分野に拡がり、19世紀の産業革命に次ぐデジタル革命、コミュニケーション革命をもたらし、自動車業界に影響を与えています。ゲイツ氏の偉業はそこにあるといえそうです。

 そこで同じことを日本に当てはめて考えた場合、日本は工業機械や家電製品の基盤技術は持っているので、サムスンが高度なスマホを作っても、中身には多くの日本の技術が入っているという状況はありました。しかし、産業革命を引き起こす様な技術革新はもたらしていません。

 プラットフォームビジネスを制する者が世界を制すという意味では、残念ながら日本は勝者にはなり得ていません。人々の生活を根底から変える技術やサービスの提供という意味では、個々の技術では優れた物はありますが、日本は世界的成功を収めてはいません。

 その理由の一つが、「こういう物やサービスがあれば、もっと楽しいし、可能性が拡がり、人々が幸せになれるよね」という考えが、アメリカ人ほど強くないからです。単に利便性を追求するだけでなく、そこから生まれる豊かさ、クリエイティブなものがあるかどうかです。

 普遍化という視点もあります。アメリカ人が考える「誰もが」というのは、人種や宗教を超えた普遍的な人間を指しているからです。それは自国の中が多人種、多文化だからということもいえます。その普遍性が、尽きないアイディアを生み出し、ビジネスとして成功する要素になっているといえそうです。