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 相手に非難されていると感じさせないコミュニケーションスタイルの改善方法に、「私言葉」で喋るというのがあります。

 たとえば、部下に残業してほしい時に「明日の朝までに提出しなきゃいけない書類があるから、(あなた)残ってやってくれる?」というと言外に圧力が加わるので「私はあなたが残ってやってくれると本当に助かる(嬉しい)んだが」といい換えたりします。

 英語やフランス語では、私という主体が重視される西洋文明が背景にあるため、会話でも「I」とか「Je」という主語なしにフレーズを組み立てることができません。ところが共同体への帰属意識が強い日本では、むしろ「私」という主語は省かれ、代わりにいつも言外に「われわれ」があります。

 たとえば、共同作業が必要な場面でも上司が部下に「じゃ、この作業をわれわれ皆で協力してやりましょう」と日本でいうところを、欧米だと「私は皆さんに協力しながらこの作業をやってほしい」と誰が誰に何を望んでいるかを明確にする必要があります。

 欧米社会には、日本のような前提となる共同体意識が薄く、逆に自分の意思や感情が重視するので、チームワークも個人個人のモチベーションや選択の自由が重視されます。結果的に頼み方も違ってくるわけです。異文化間コミュニケーションでは、伝わること事態が難しいので自分の意図を伝えるための工夫が必要です。

 しかし、これは異文化間だけではありません。同質文化に生きる日本社会でも、伝えることは簡単ではありません。ここでいう意図や自分の感情を率直に伝えることは日本人には不慣れです。

 ミスを繰り返す部下に対して「どうして(あなたは)ミスを繰り返すのか」というのと「私の説明が十分じゃなかったようだ。一緒にやってみよう」では、相手に伝わる印象は大きく変わります。私言葉への言い換えで自分の感情も含める演習は、研修などで実施してみても受講生が苦戦するところです。

 しかし、逆の話もあります。最近、トヨタ自動車の春の労使交渉の場面がYouTubeで公開されています。その中で豊田章男社長が中間管理職に対して「I」ではなく「You」を主語にして話すことの重要性を強調しています。私言葉とはまったく逆のように見えますが、相手を大事にするという意味では同じだといえます。

 豊田社長は特に関連企業(といっても下請け)に対して、トヨタの中間管理職は「I」を主語に自分の都合だけをパートナー企業に伝え、一方的に関係者を呼びつけていることを指摘し、もっと「You」言葉を使い、相手を尊重し相手の都合に関心を払う姿勢が必要だといっています。

 ここには両者の上下関係の意識があることも想像できます。「明日は2時から30分ほど”私は”時間があるので」という言外に相手が打合せに来るのが当然という考え方があります。それを「明日の”あなたの”都合はどうですか?こちらから出向いてもいいのですが」というべきだというわけです。

 縦社会の日本では年上なのか年下なのか、地位が上なのか下なのか、力の上下関係に非常に敏感です。それが上の者が下の者から敬意を払われた状態なら、まだいいのですが、形だけの権威主義に陥ると下の者は本音を話そうとはしません。嘘の報告をするかもしれません。

 公開されているトヨタタイムズの中で編集長に起用されている俳優の香川照之氏とのインタビューで、豊田氏は「私の仕事はいかに部下から本当のことを聞き出すかです」といっています。「部下は自分に都合の悪いことは話さないし、本当のことはなかなかいわない」というわけです。

 日本人は長い間、自分の本音は隠し、建前で生きるように訓練されてきました。幼稚園から集団生活のルールを教えられ、和が全てなので和を乱す個人の意見や本音は抑えるように訓練され、さらには権威ある者に従順であることが強調されてきました。

 アメリカのように正直であることは日本では軽視されがちです。本音は偉くなってからしか話すべきではないという考え方もあります。その意味で改めてあなたの本音は?と聞かれて当惑する日本人は少なくないでしょう。

 豊田社長のいう「You」を主語にする考えは、「自分の目の前にいる人への無関心」をどう変えるかという観点で話されたことです。相手に対して自分の都合だけをいうのは相手への無関心であり、敬意がないということです。私はこのブログで今年は「一人一人の尊厳」がキーワードになると書きました。これは私の願望かもしれません。

 一方、「I」を主語にする目的も相手との共感を得るためです。「私もあなたがいったのと同じような経験をして苦労したので、本当に(私も)理解できます」と共感するのが目的です。これも相手への敬意と関心がなければできないことです。

 「あなた言葉」と「私言葉」は同じ目的のためにあり、それを時と場所によって使い分ける必要があります。どちらも目的は本音を分かち合い、人間の距離感を縮め、信頼感を得ることにあります。無論、意識変革は容易なものではありませんが、グローバルに通じる人間に進化することにもなる話です。

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