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  新型コロナウイルスの世界的拡散という危機に対して、的確な判断と正しい対処をしている国は、今のところ見当たりません。数日間で急速に感染拡大したイタリアは、町を完全封鎖し、国境検問を行い、サッカーの試合や大型イベントは全て中止し、学校も休校にするなど対応は迅速ですが効果は不明です。

 フランス駐在のイタリア人記者は「残念ながら、コロナウイルスは雲のようなもので、チェルノブイリ原発事故の時の放射能と同じで国境を超えていく」といい、「フランスは隣の国で起きた大規模な原発事故を高みの見物をしているようだ」と、フランスの対応の遅さを強く批判しました。

 そのフランスでも、パリの中学校教員の60歳の男性が新型コロナウイルスで死亡し、政府は重い腰を上げています。そもそも世界各国で見本になるような的確なウイルス封じ込めができていないのは、発生源の中国が初動を間違えたことや、その中国が情報操作、言論の自由を封殺する特殊な国であるために、ウイルスの正体を解明するための十分な情報が得られていない不幸な状況があるからです。

 最近、中国メディアは「確かに初動にミスがあったかもしれないが、その教訓をもとに今は立派に対処し経験知もある。それを日本や韓国、世界に教えてやっているのに十分に伝わらないのが残念だ」と、自国のミスを棚上げし、中国政府の対応を自画自賛し、上から目線で見ているのには呆れるばかりです。

 実は私はフランスの大学で同じような経験をして耳を疑ったことがあります。それは中国人留学生の一人が論文でありえないミスを冒し、担当教官だった私が合格点を出さなければ学位が取得できず、もう一年留年する瀬戸際に追い込まれた時にことでした。私は1度だけチャンスを与え、論文の内容訂正をさせ、なんとか卒業させました。

 学位取得が決まり、その学生と話している時、てっきり感謝するのかと思ったら「自分は危機的状況を自力で乗り越えることができた。この経験を活かし、もしあなたが困っていることがあれば、危機の乗り越え方を教えて挙げる」といったのです。「なんという傲慢な態度」と思いましたが、これは文化のコンテクストの違いかと思いました。

 そんな経験はインド人の同僚教官やフランス人、イラク人、フィンランド人の学生などと間で山のように経験し、日本人の常識の限界をいやというほど思い知らされてきました。今回の中国人の発言は面子に病的にこだわるに中国人の習性化、あるいは共産主義も問題ともいえるでしょう。

 危機的状況にある時、リーダーの決断が事態を大きく左右するのはいうまでもないことです。私の印象では今回の新型コロナウイルス対策では官僚国家ほど、対応の遅れが見られるように思います。フランスも非常に官僚が強い国です。中国も体制は違いますが似たような官僚体質があります。

 日本の場合は、そこに意思決定で「落とし所を探る」という風習が加わります。専門家などの判断を仰ぐというのも懸命なように見えますが、危機的状況に迅速に対処するのに落とし所を探るのは適切とはいえません。なぜなら危機は正体の解明が難しく、危機は日々変化しているので、前例でしか動けない官僚の意見は頼りにならないからです。

 つまり、日本的報連相で大量に上がってくる情報の中で意思決定に必要な情報を選び出し、迅速に判断を下すのはリーダーです。そのリーダーの見識が圧倒的に重要です。それに自分が何をすべきかが分かっているリーダーは、自ら情報を集めに行くはずです。その情報は意志決定者にしか分らないことが多いからです。

 もう一つは、リーダーの信念、あるいは心です。日本は、英国船籍でアメリカ企業が運営する大型クルーズ船ダイアモンド・プリンセス号の船内で起きた致命的なウイルス拡散の事例に対して、加藤厚生労働大臣が国際的取り決めが存在しないことを指摘し、早期に国際的法整備をすることを求めました。典型的な官僚出身者の発言だと思いました。

 思い起こすのは、阪神淡路大震災や東日本大震災でアメリカの空母が救援のために被災地に迅速に駆けつけたことです。それは日米間の協定によるものでも、日本政府から正式依頼されたわけでもなかったことです。完全な自主的判断に基づく行動でした。つまり、危機に際しては、対応するリーダーの価値観や心が行動を大きく左右するということです。

 日本人のリーダーは、そつなくうまくやることばかりに気を取られ、物事を動かす核となる心や信念が2の次になることが多い。日本人の中には入港を拒否すべきだったという人もいます。とんでもない話です。日本人には戦後「トラブルに巻き込まれるべきでない」という利己的、保身的精神が巣くっていますが、事は人命に関わる問題で、それも日本人の乗客も乗っている話です。

 イタリアはいい加減な国と思う人も少なくないと思いますが、こと人命に関しては非常に熱い心を持った国です。だからこそ、命懸けで地中海を渡ってくる難民たちにヨーロッパで誰よりも救いの手を差し伸べてきたわけです。それは頭で考えていることではありません。 

 法律や協定があるかないかではなく、人命に関わる問題に超法規的に取り組む国のリーダーシップが日本には不在していると私は考えています。東京五輪で直面するのもグローバルな多文化多民族への対応力。そこにはリスクマネジメントも含まれます。何を優先して日本人が生きているかが露わになる時です。

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