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 パリ中心部セーヌ川に浮かぶサン・ルイ島のすっかり観光化したあるブラッスリーで、日本から来た旧友と雑談していた時の話です。いつものようにギターを抱えた男がやってきて、いつもながらの古いシャンソンを歌い始めました。

 するとすぐ側に座っていた歳の頃、60代の女性が「ちょっとギターを貸してくれない? 私にも歌わせて」と言い、歌い出しました。その素晴らしい彼女の弾き語りは、100年前のエコール・ド・パリの時代にワープしたような錯覚を覚えるほど周囲の雰囲気を一変させました。

 丁度、ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』に出てくるような現在とエコール・ド・パリの時代を行ったり来たりする不思議な感覚に襲われる体験でした。見事なギターの響きと美しい歌声にそこにいた客たちは拍手喝采し、その場は盛り上がったかのように見えましたが、悲しいかな、そこは観光ブラッスリー、多くの客は、さっさと次の観光名所へと去っていきました。

 フランスのサロン文化を象徴するカフェは20年前、閉店が相次ぎ、カフェ文化の終焉かとまでいわれました。戦後、パリ6区のサンジェルマン・デ・プレ教会に面したカフェ・ド・マゴなどに哲学者のサルトルやヴォーボワール作家、芸術家が集り、議論に花を咲かせた時代を懐かしむ人さえもいなくなった感があります。

 パリに半世紀住む画家の黒田アキさんは「カフェに座って行き交う人を見ているだけで20年が過ぎました」と私に30年前話してくれました。フランスのカフェは大都市パリでも田舎でも、階層を超えて人々が集まり、お互いの仕事とは関係なく、政治議論や文化的な議論、噂話、カードに興じる重要な市民の交流の場でした。

 また、見知らぬ人同士が気軽に声を掛け合い、会話を楽しむ場でもあり、作家や画家の多くが、カフェで一日を過ごした話も有名です。つまり、そのフランスの政治や文化に重要な役割を果たしてきたカフェ文化は、本当に衰退したのでしょうか。

 現在、カフェで元気がいいのは、100 店舗以上を全国で展開しているフランス系の Colombus Cafe と、アメリカ系のスターバックスコーヒーで、どちらも普通のコーヒーだけでなく、フレーバーコーヒー、軽食、スイーツと「居心地の良い空間」を提供しています。

 カフェは汚い、ギャルソンの愛想が悪いというイメージとは違い、清潔で世界中同じサービスを提供するファーストフード店のようなカフェに若者が集まっています。この2社は、独立店舗だけでなく、大型ショッピングセンター内にも進出し、堅調な伸びを見せています。

 かつてフランスのカフェといえば、エスプレッソ系の濃いコーヒーが基本だったのが、最近、ドリップコーヒーやフレーバーコーヒー、オーガニックコーヒーも若者の間で人気を集めています。では、客同士のコミュニケーションはどうかというと、スマホの登場でスマホに見入る客が増え、同伴者とのコミュニケーションは減っているように見えます。

 世界中から人の集るパリのカフェは、その役割が時代とと共に変化してきたことは確かです。しかし、その人種のダイバーシティは今も魅力を放っているといえそうで。ただ、スマホを通さず、対面で議論するような場面に遭遇することはなくなったといえます。

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