port-1338851_1920
 テロ計画で標的とされた仏ブレストの軍港

 フランスでは、2019年10月3日にパリ警視庁本部で働く職員のミカエル・アルポン容疑者(45=死亡)が同僚の警察官らへナイフで切り付け、4人を殺害した事件が発生しました。事件後、アルポン容疑者がイスラム過激思想に染まっていたことが発覚し、国内の衝撃が走りました。

 警視庁内部、しかも情報処理部門で働いていた公務員が聖戦思想に染まっていたわけですから、裏を返せば警察が過激思想に感化された若者や組織の動向をどの程度掴んでいるかを知る立場にもあったということです。過激派にとって都合の悪い情報が隠蔽されたり、報告されなかった可能性もあります。

 この事件を受け、フランス政府は警察の諜報活動部門で働く職員と国の諜報機関の職員を対象に思想、信条に関する調査を実施し、その結果が1月末に明らかになりました。その報告書によると2014年以降、潜在的な過激化、または影響を受けた周辺の人々の急進化が認められた16人が諜報活動部門から「除外」されたことを明らかになりました。

 詳しい内容は明らかになっていませんが、政府主導で行われた調査は、さまざまな階層で行われたそうです。アルポン容疑者の場合、2015年1月の風刺漫画日刊紙、シャルリ・エブドー編集部襲撃事件直後、ニュースを聞いて職場で狂喜し、同僚と激論になったことが同僚の証言で明らかになっています。にも関わらず、当時、上司には報告されず、把握されていませんでした。

 イスラム過激派によるテロを取り締まる側の警察や国の諜報機関内部に聖戦主義が拡がっていることは予想外の事態で、なおかつその人物が同僚警官を職場で殺害したとなると、深刻といわざるを得ません。それもたとえば反社会組織など一般の犯罪組織と違い、聖戦主義は人の心を支配し、予想不能の行動に出る危険性があります。

 昨年の事件を踏まえ、今年1月15日から、国内治安部隊や警察内部の職員の過激化の有無について、集中監視を実施していることを政府は認めています。さらに採用時の思想チェックや身辺調査の強化、過激化の兆候を職員同士で見極めるトレーニングを全職員に課し、聖戦主義に傾倒している有無を認定する機関も一本化したとしています。

 昨年、ルドリアン仏外相は、中東情勢について「過激派組織、イスラム国(IS)再び台頭する機会を伺っている。ISは根絶などしていない」との認識を示しました。当然、フランス国内でも聖戦主義の浸透を最も恐れているということです。

 フランスでは今年1月末に西部ブルターニュ地方のフランス最大の軍港のあるブレストで、軍の行事を狙ったテロ計画が発覚し、7人の関係者が逮捕され、テロは未遂に終わりました。逮捕された容疑者の自宅からは爆弾製造マニュアルやISの宣伝資料が見つかっています。

 聖戦主義は刑務所内の受刑者の間で広まることは、すでに認められていますが、まさかテロ対策で先頭に立つ国の組織にまで聖戦主義が入り込んでいたことはショッキングといわざるを得ません。まるでスパイ映画に出てくるような話ですが、笑えない深刻な事態です。

 世の中が自分の価値を認めてくれないという孤立感や絶望感に忍び寄る聖戦主義は、社会の隅に追いやられる移民系の人間に広まりやすい性質があります。アルポン容疑者もカリブ海の仏領マルティニック島出身の黒人で妻はモロッコ人、二人はモスクに通っていたそうです。しかも男は聴覚障害を持ち、能力はあっても昇進はできない状況にあったといわれています。

 聖戦主義は、その活動に加われば、アラーによって絶対的価値が与えられ、異教徒や聖戦主義に従わないイスラム教徒を殺害したら天国に行けると教えられています。差別を受け人生を呪い、自分に価値がないと思い込んでいる人間を命知らずの行動に駆り立てるのは容易です。

 ISがシリアで支配地域を失った後にも、聖戦主義は広まり、世界を危険に晒しています。聖戦主義はコロナウイルス同様、感染拡大しながら変異しており、さまざまなグループも生み出しています。昨年、ISトップのバグダディ容疑者をアメリカの特殊部隊に殺害されたISは、姿を変えながら復活の機会を伺っているといえます。

ブログ内関連記事
仏シャルリー・エブド襲撃事件から5年で再びテロの予兆、なぜ聖戦主義は拡散し続けるのか
危険な聖戦過激派の再犯防止 厳罰化、更生プログラム、監視カメラ、ネット傍受でテロは阻止できるか
パリ警視庁内にもイスラム過激思想が蔓延 パリを出て行く人も増えている事情とは
世界が注視するトルコによるクルド勢力への攻撃 「ISは根絶などしていない」という仏外相発言の重み