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 アメリカでは今年も恒例の大統領による一般教書演説が行われ、トランプ大統領は演説で「3年前、われわれは偉大なる米国の復活に乗り出した」と述べ、「その素晴らしい成果を共有する」と議員に語りかけました。

 しかし、トランプ氏の弾劾を主導した民主党のペロシ下院議長は演説後、スピーチ原稿を2つに引き裂き、対決姿勢を鮮明にしました。本人曰く、あれが礼儀を表したものだというわけですが、日本文化との違いを印象づけるものでした。

 今回のアメリカ大統領の一般教書演説は大統領選を控えていることから、政権を奪還したい民主党にとっても極めて重要でしたが、それだけでなく一般教書演説は世界一の大国アメリカの政治的方向性を示すものとして毎年高い注目を集めています。

 ヴィジョンを掲げてゼロから人工的に国づくりしてきたアメリカにとって、その基盤となる価値観の確認や過去の実績、めざす具体的な優先事項を表明する場として、一般教書演説は極めて重要です。そこが歴史の長い国にあるような目に見えない伝統的価値観や暗黙の了解事項が多い国との違いです。

 トランプ大統領は今回、自らが取り組む偉大なアメリカの復活は「過去の歴史にない目標を掲げたアメリカの試みは始まったばかりだ」と演説を締めくくったのも、この国の性格をよく表したものといえます。普通の国の指導者の演説はもっと抽象的で美辞麗句に覆われ、誰も大きな期待はしないものですが、アメリカは違います。

 トランプ氏は民主党との大統領選の戦いを前提に社会主義と真っ向から闘う姿勢を鮮明にしました。これは今世界的注目を集める米中貿易戦争で、覇権の乗り出す中国が21世紀の社会主義モデルを世界に示すと息巻いていることへの対決姿勢を示すものでもあり、日本では考えられない意思表明でした。

 手段が目的化しやすい日本では、抽象的なヴィジョンやコンセプトは、程々にして具体的作業に取りかかるパターンが政治もビジネスも多いものですが、そこは欧米との大きな違いであり、特にヴィジョンで国家を建設した経緯上、アメリカはヴィジョンの共有を最も重視する国といえます。

 これは欧米のビジネススクールが企業においてもヴィジョンを重視する考えが日本よりはるかに強いことからも理解できます。そのため、アメリカの一般教書演説は毎回、非常に練られたものになっており、政権の強い意思を表す場であり、戦略的です。大統領がそこで何に言及するかは世界が注視するほどです。

 たとえば今回は北朝鮮についての言及がありませんでした。2017年のトランプ氏の最初の演説では、金正恩北朝鮮労働党委員長を「ロケットマン」と揶揄し、北朝鮮に対するコミットメントを強調しました。今は金正恩にとってトランプ氏が交渉相手として望ましいため、敵対する姿勢は取りたくなかったともいえます。

 経済実績を含め、少なくとも当初の目標だったオバマ前政権で弱体化したアメリカの世界に対するプレゼンスは取り戻したことを強調し、大統領選挙をあからさまに意識し、アメリカ国民の生活向上のための労働者重視やインフラ整備への巨額投資を表明したのも国民の共感を得るためです。

 多民族、多文化社会のアメリカでは、分かりやすいことも重要で、意味不明なヴィジョンや抽象的表現はインパクトを与えません。民主主義の基本は国民からフィードバックを重視することです。同じように企業も社員と消費者からのフィードバックをどこまで重視できるかが鍵を握ります。その点は日本ではヴィジョン重視と並んで改善の余地があることだと思います。

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