communication (1)
 
 デザインを経営の柱にすることを提唱したパオスの中西元男さんにお会いしたのは30年も前のことで、雑誌の取材でご自宅まで押しかけたことを記憶しています。その後、私が顧問を務めるフランス初の国立レンヌ日仏経営大学院の学生を海外研修で受け入れてもらい、お世話になりました。

 中西さんの提唱した戦略デザイン理論は日本を代表する企業に次々に受け入れられた一方、ついぞ経営の心臓部に欠かせない存在になり得てはいないようにも見受けられます。そこに今度はアメリカ発のデザイン思考が経営の新たな手法として注目され、今や経営幹部にとっては必須事項のようにいわれています。

 デザイン思考も過去にブームになった様々なビジネス手法と同じようにやがては消えていく運命なのかは現時点では何もいえませんが、ソリューションという位置づけでいえば、本質的、普遍的なものを持っていると個人的には考えています。

 たとえば新たなビジネスに繋がる製品開発やサービス開発の答えを見つける際、私は人間の肉体を含む自然の森羅万象に答えがあると考えています。たとえば今では当り前のオートフォーカスは人間の目では当り前のことで、脳にある映像の記憶は、デジタル化したデータでカメラで記憶できるようになりました。

 美術を一つのライフワークにしてきた私は根底に芸術的アプローチがあるのですが、伝統的芸術には人間観察、自然観察は欠かせないように、身体と自然に回答を求める行為は人文科学、自然科学にも通じるものです。

 人文科学は人間観察が基本だし、自然科学は自然観察から新たな発見をする作業です。これは言い方を変えれば、人間や自然とのコミュニケーションともいえます。芸術は結果的に、芸術家本人が生み出す作品があり、作品は鑑賞者とコミュニケーションしているともいえます。

 ビジネスの世界でも製品自体は消費者とのコミュニケーションから生まれ、時代のニーズに合ったものをいち早く発見し、先行投資することが重要です。それも市場投入する際にはタイミングも重要で早すぎても遅すぎてもいけないので、ここでもコミュニケーションが重要です。

 マーケティングも消費者との間のコミュニケーションに置きかえることができます。デザイン思考が消費者ニーズを重視するのも消費者との精度の高いコミュニケーションによって競争力のある製品やサービスを提供するためです。

 コミュニケーションは言葉によるだけないことは、一つのコミュニケーション手段である芸術をみれば一目瞭然です。500年前のダヴィンチの「モナリザ」とわれわれは対話することができます。17世紀から18世紀に活躍した作曲家のバッハやヘンデルの名曲を現代人も楽しめます。芸術の世界は時間や空間を超えたコミュニケーションが可能です。

 ソリューションといえば、われわれ人間は貨幣経済がもたらす負の側面を未だに解決できていない問題があります。人類はアリストテレスがギリシアの時代に指摘した「貨幣が手段から目的に変わる危険性」を警告したことに答えを見出していません。つまり、2300年前のアリストテレスと今もわれわれはコミュニケーションをとっているともいえます。

 AI時代とかデジタル革命もコミュニケーション革命と言い換えることもできます。さらにグローバル化が進むことで、地域の歴史風土に根ざした文化の違いがいかに大きな影響を与えているかを再認識され、文化を超えた発信力と相手を理解するための聴く力の重要性が増しています。

 日産のゴーン前会長の日本の司法の後進性を指摘した批判に対して、日本の司法は、どこの国の人でも理解できる理屈と客観性を持って自らの正当性を説明する必要があります。このようなグローバルなコミュニケーション力が今は問われています。

 無論、日本がそれを怠ってきたともいえません。科学技術は文化に左右されない普遍性があり、その分野で日本は世界の誰もが評価できる研究を行い、高い品質の製品を提供し、信頼を集めてきました。これも豊かな表現力を持つ発信でありコミュニケーションです。

 ただ、中身がなければ発信力は上げ底になり、相手も気づくでしょう。それはともかく、コミュニケーションのギブ・アンド・テイクがエネルギーを生み出し、新しいアイディアを生み出すことは確かです。それも人間同士だけではなく、自然界のすべてとのコミュニケーションが解決をもたらすという思考は重要さを増しているように思います。

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