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  地方紙、le LORRAINEが報じた「私は大勝利した」というモーリスの写真

 フランス西部沖のオレロン島で飼育されているおんどり「モーリス」が夜明けに鳴く声が睡眠妨害だとして飼い主が近所の住民に訴えられていた裁判が昨年注目を集めました。そこで、なんとモーリスの「表現の自由」を求め16万人もの人々の署名が集りました。フランスらしいリアクションといえます。

 結果、この訴訟は裁判所で真面目に扱われ、証拠不十分で飼い主は無罪となりました。モーリスは鳴くことを禁じられることなく、毎朝、3時、4時から高らかな鳴き声を披露し、同時に政府は各地で起きる同様な訴訟を終わらせるため、「田舎の感覚遺産」を保護する法案審議を始めました。

 都会から移り住んだ人間の文句や訴訟はこれだけではない。南仏では蝉の声がうるさい、カエルの鳴き声がうるさい、教会の鐘の音がうるさい、牛の糞の匂いが臭い、ハエが多すぎるなど、自然のやすらぎを求める都会人は不満だらけだ。

 実は近年、フランスでは日本同様、小規模な町や村の人口減少が止まらず、残された高齢者が細々と農業を営むケースが増え、社会問題になっています。村から学校が消え、医者がいなくなり、スーパーが消え、郵便局がなくなり、ライフラインが絶たれて孤立化する村の問題は深刻化しています。

 ところが道路の整備が進められることで、田舎大好きのフランス人の中には、家の安い村に移り住み、40キロ程度慣れた大都市の職場に通うフランス人が増え、場所によっては静かな住宅ブームが起きています。私が大学で教鞭を執っていた西部ブルターニュ地方の中心都市レンヌから30キロ離れた人口2,300人のマルティニエ・フェルショもその一つです。

 半世紀前には工業化の波でセメント工場やチーズ工場のあった町は3,000を超え、町は活気に満ちていたのが、セメント工場もチーズ工場も閉鎖され、人口が激減し、人口構成も高齢者中心になってしまいました。

 なんと町の中心にあった教会の後ろあった神父や修道士が生活していた3階建ての立派な建物はアパートとして貸し出される始末。ところが最近、レンヌからアンジェまで繋がる道路が整備されたことで、若い夫婦が移り住むようになり、人口は徐々に増えつつあります。真新しい住宅も増えています。

 もう一つ、南仏などの場合はリタイヤした後に都会のアパートや家を売り、老後を過ごすために村などに移り住むケースが非常に多いことです。結果、田舎暮らしに憧れた都会人がニワトリの鳴き声に文句をいい、田舎に漂う牛の糞の匂いに堪えられず、訴訟まで起こす事態に発展しているわけです。

 権利を重視し、すぐに訴える都会人の訴訟癖に地元の人々は、人口が増えるのはありがたい反面、困惑状態。フランスはもともとパリを中心とした近代化された地域とブルターニュ、ノルマンディーなど近代化に取り残された地域のドーナツ現象がある国。

 これは近年、世界的に注目度を集める人口学者、エマニュエル・トッドが家族形態の地理的分布から指摘した理論でも説明できます。ドーナツの内側に住む人は平等主義核家族であり、ドーナツのリング部分では家父長制のカトリックの伝統的家族制度を踏襲する家族形態が存在するという理論で、そのギャップは非常に大きいものです。

 モーリス裁判は、まさにドーナツの内側に住む人間がドーナツのリングの部分に移り住み、文句を言っているという構図。政府は田舎にまつわる音や臭いを「田舎の感覚遺産」として法案を認定する見通しですが、モーリスのような訴訟が相次いでいることに終止符を打ちたいというわけです。

 中道派のピエール・モレール・ア・ルイシエール議員が提出した同法案は、与野党議員が出席した下院・文化委員会で満場一致で可決されました。ルイシエール議員によれば、法律が成立すれば「プロバンス地方のセミの鳴き声や(南西部)エロー県のブドウ汁の香りなど、国内各地の特有の音や香りをリスト化し、地域遺産リストとして保護されるれるようになる」と述べています。

 平穏と静けさを求めて移り住む都会人のわがままは通らなくなりますが、これに田舎の人口減少を懸念する声も聞かれます。このモーリス裁判以前には、数年前からフランスの町や村で鳴り響く教会の鐘の音がうるさいと住民が提訴する現象も起きています。

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