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 英国政府は今月28日、同国の第5世代(5G)通信網構築に当たり、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)からの機器調達を条件付きで認める方針を発表しました。アメリカの華為製品排除の呼び掛けに背く決断ですが、ブレグジットで対米関係が鍵を握る英国はなぜ、アメリカを怒らす決定を下したのでしょうか。

 政府は一応、華為を「高リスク業者」に指定したまま、原子力施設や軍施設など安全保障に関係する施設を要する地域のネットワーク、国家の機密データを扱う部門での華為機器導入は禁止するという条件を強調しています。それと、1社が5G など通信網に占めるシェアを最大35%とすることで、供給業者の多様性を高めることで安全は確保できるとしています。

 アメリカは、中国政府が自国のIT系企業の背後から国家レベルでスパイ行為をさせていると繰り返し指摘しており、安全保障上の脅威として排除を呼び掛けています。背景には軍事力や経済力と並び「通信網を制する者が世界を制す」といわれるデジタル革命の切迫した状況があります。

 同時に急成長した共産党一党独裁の中国が一国の繁栄に満足せず世界支配に乗り出していることに対して、アメリカは「今、中国を叩かなければ手遅れになる」という焦りもあるといわれています。産業革命以降の戦争は情報戦が勝敗を左右するようになり、通信網へのアクセスは情報収集を正確、迅速に行う最有力な手段とされています。

 実は英国がアメリカの怒りを買うことは知りつつも華為機器調達を容認した背景には、現実的な問題としてボーダフォンやEE、スリーなど携帯電話サービス大手の多くが5G で華為と契約し、すでに大掛かりな華為機器が設置されており、華為を排除すれば莫大な撤去作業が必要になるだけでなく、他のメーカーで通信網を構築するのに2〜3年は要することが挙げられています。

 ロンドン市内のビルの上には、高額な華為の通信機器が設置されており、実は政治は後手後手に回っているのが現状です。5Gの本格導入が2〜3年も遅くなれば、経済に対する影響は深刻になるというのが英政府の判断です。ただでさえブレグジットで数年間は経済が停滞するとの予想もある中、デジタル革命に乗り遅れるのは致命的との判断です。

 しかし、これでアメリカが本当に怒り、ブレグジット後にすぐにでも英国と2国間の通商関係を樹立させたいとしていた態度を一変させるリスクもあります。そこには政治的読みもあるでしょう。とにかく英国メディアに見られるように、一般的には英国はアンチ・トランプです。

 トランプ大統領が華為を叩いていることにも英国は最初から疑問を思っている節があります。つまり、本当はそこまでの脅威はないのではとの考えがあるということです。英国は原子力発電分野で中国の巨額投資を受け入れるなど、外交と経済は分けて考えており、中国への警戒感は強いとはいえません。無論、保守党の中には今回の決定に反対する意見もありますが、少数派です。

 世界中どこの国でもデジタル革命に乗り遅れれば、経済的失速は確実との強迫観念があるのは確かです。しかし、ヨーロッパ各地をウロウロする私にいわせれば、ヨーロッパの通信環境は日本よりはるかに遅れています。最近、ロンドンのある地域で1週間以上インターネットが使えなかったり、パリ近郊でも同じようなことが起きています。

 フランスの友人は「ネットが使えないとテレビも電話も止まってしまい、今ではアフリカでもWiFiが使える時代だから、彼ら以下の生活を1カ月強いられた」「最初はストレスを感じたが、まあ、別に困らなかった」と呑気なことをいっていました。「それに繋がっていない状態が実は一番安全だと気づいた」とまでいっていました。

 5Gになれば、それを活用するための様々なデバイスが必要になり、新たな出費が企業にも個人にも課され、車や家電製品を繋げるための新たな投資も必要です。それらを提供する企業にとっては大きなビジネスチャンスですが、パソコンが本格浸透した、この30年間にどれだけの出費を強いられたかを考えるとぞっとします。

 便利とリスクは隣り合わせなので、特にコミュニケーション手段の利便性が高まることのメリットと同時にデメリットへの対策も考える必要があります。覇権主義の中国が情報収集に躍起になっていることは確かです。8万人が政府の諜報機関で働くといわれる中国を脅威に感じないという方が惚けているかもしれません。

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