Boss-Announce-Angry-Man-Afraid

 保釈中に日本から違法脱出した日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が逃亡先のレバノンで、日本の司法の後進性を、いつもの饒舌さで世界に訴え、日本は揺れています。これは日本の司法制度に致命的欠陥があるという話ではなく、国際社会に向かって十分で適切な説明ができていないという問題です。

 まず、20年以上取材を続け、日産での社内研修に関わってきた私の見立てでは、今のゴーン被告は裁判で勝ち目がないと判断し、国外逃亡して国際世論を味方につけて逆襲しようと動いているとしか見えません。「日産社内の陰謀と不公正な司法の犠牲者」というストーリーを世界にアピールし、刷り込もうとしています。

 今、彼が主張している内容の中で、弁護士が取り調べに同席できない問題、人権を無視した長期拘留、そして特に妻に長期会わせない問題は、彼が同情を買うための考え抜かれた戦略です。そこには彼が倒れ掛けた日本代表する大企業の日産を再生してやったのに恩を仇で返すのかという怒りが日本の司法に向けられていることは明白です。

 逮捕、起訴理由をまったく受け入れられず、消化できない中で追い詰められ、逃亡を決意したと見られますが、彼の今の主張は後付けであり、本当は裁判で勝ち目がないことを悟ったからだと私は見ています。無論、逃げたゴーン被告の代償は大きいわけですが、逮捕、起訴された時点で自分で築いた城を全て失った彼に取っては、これ以上失うものがないと判断したといえそうです。

 後は高額の弁護士と世界的に知られたフランスの広報会社「イメージ7」を使い、世界に自分が不当な扱いを受けた被害者というイメージを刷り込むために全力で取り組む決意なのでしょうが、ゴーン被告は日本の発信力の弱さも折り込み済だと思います。

 日本の司法としては、重大犯罪者がどんな手口を使ったとしても国外逃亡されたのは歴史的汚点です。この問題は私が何度も指摘してきた日本人が信じる性善説のナイーブさからきている問題として、完全に改めるべき問題だと思います。

 そもそも日本は島国で国境を挟んで地続きに大国が存在しないために本来逃げ場はなく、逃げても必ず捕まるという認識がどこかにあります。ところが現実には国外逃亡は可能です。それが今回証明されてしまった形です。それに保釈中の被告への監視が甘かったことも非難されるべきでしょう。

 それは今後、早急に完全がされるでしょうが、最も深刻な問題はゴーン氏が世界に訴える日本の司法制度の後進性です。

 まず、日本の司法制度について世界はおろか、一般日本人でさえ、詳しくは知らないのが実情です。今回指摘されている自白の強要や冤罪を生むと批判される日本の人質司法は国際的に見て人権問題として度々議論されてきたことです。しかし、欧米と異なる社会的背景は無視されがちです。

 日本ではまず、逮捕された時点ですでに社会的制裁が課され、起訴されると本来無罪な人間でも決定的ダメージを受ける「世間体」という文化があります。アメリカのように逮捕されても弁護士を雇い、無罪を勝ち取るまでは罪人いうレッテルが貼られにくい社会とは違います。

 アメリカでは起訴に至る過程で大陪審があり、フランスなど欧州では予審手続きがありますが、日本の場合は起訴は非常に慎重に行われています。99%といわれる有罪率の高さばかりが指摘されますが、そもそも起訴率が低いことは強調されていません。

 逆に言えば、日本ではやたらと起訴しておらず、被疑者の人権は被害者の人権以上に守られているという側面は知られていないということです。人権弁護士は被疑者の人権擁護には熱心ですが、本来尊重すべきは被害者の人権とのバランスを欠いているといえます。

 さらに妻との接見禁止措置は、妻、キャロル容疑者がゴーン被告の重大犯罪である特別背任に深く関わっていたからです。そうでないケリー被告は東京で現在、妻と暮らしています。人権ではなく妻との接見禁止は当然の司法判断です。

 つまり、ゴーン氏が批判したことに同調して欧米の識者やメディアが批判する人質司法の背後にある事実は、ほとんど知られていないし、妻の接見禁止理由も報道されていません。このことを見ると日本は日本独特の歴史と文化からくる制度や手法がグローバルスタンダードに照らし、後進的という批判は当たりません。

 たとえば、日本人の働き過ぎへの国際的批判の中に会社や組織に搾取され、奴隷化しているという批判があります。ところが日本人が働くこと自体に大きな価値を置く民族だという側面は知られていません。しかし、日本人は海外に向かって、その事実をうまく説明できていません。

 これが今回の問題同様、深刻な問題に繋がっていると私は見ています。国際社会に向かって相手が分かる言葉で説明することは非常に重要です。それができなければ誤解を生み、国際社会で孤立します。それぞれ国によってコンテクストは違い、自分が当然と思う論理だけで説明しても相手は理解しません。

 日本人は欧米と違い普遍思考でないため、説明が非常にヘタです。この異文化対処の未熟さが国家を危うくすることを何度も経験しながら、改善されていません。日本が1933年に国際連盟を脱退した時もそうですし、私が実際に取材した1980年代後半のアメリカのジャパンバッシングの時も、日本は国際社会に向かった説得力を持つ論を展開できませんでした。

 今回も同じで、日本を熟知するゴーン被告は、日本人が国際社会で正当性をアピールするスキルが非常に低いことを知っているはずです。今はSNSという新しいツールが世論に大きな影響を与える時代です。正当かどうかより発信力の強さが勝負を決める恐ろしい時代です。間違えば袋叩きに遭います。

 日本の司法は「正しいことは理解してもらえるはず」という考え方を完全に捨て、客観的証拠と論理性を持って世界の誰もが理解できる言葉で発信する必要があります。すでに国外逃亡を選択したゴーン被告は捨て身です。あとは強烈な発信力で国際世論を味方につけることしか考えていないでしょう。

 確かに良識を持つ日本人なら、ゴーン被告の主張は無知と矛盾に満ちたものと映るでしょうが、それを国際社会に理解してもらう作業は別の問題です。日本は「どうして理解してもらえないのか」というモードに入り、ヒステリックになり理性を失って戦争に突入した過去が日本にはあります。

 日韓関係の悪化も同じようなモードに入りかけています。この場合は相手もハイコンテクストで、どうして韓国人の心を分かってくれないのかと思わせていますが、今は国際的コミュニケーション能力が自国の評価と行方を大きく左右することを知るべきです。

ブログ内関連記事
誰がゴーンをモンスターにしたのか ガヴァナンス問題だけではないグローバル企業の難しい課題
肩すかしのゴーン記者会見 当事者なのに真相は想像の域を出ず、日本の司法と日産幹部批判に終始した
ゴーンの国外逃亡は正当化できない。いきなり日本の司法制度を問題視する自虐報道は慎むべきだ
グローバルリーダー 空気を読むではなく自ら作る意識転換を!