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 2007年のフランス大統領選の決選投票で、初の女性候補、セゴレン・ロワイヤル氏を破って大統領に当選したニコラ・サルコジ氏は、従来の伝統的な大統領でないところが国民の支持を集めました。当時、国民は長期不況と高止まりしたままの失業率、治安悪化などを抜け出すため、従来の伝統的指導者ではないサルコジ氏を選びました。

 日本では当時、押しの強い自信タップリのサルコジ氏を嫌う人が多かったのですが、当時の彼は、レバノン逃亡中のゴーン被告と共通点が多い人物です。大統領就任まもなく、支持者の富豪が提供したプライベートジェットに乗り、地中海マルタで豪華ヨットに乗ってみたり、最初の夏期休暇を当時のブッシュ米大統領のアメリカの避暑地で過ごしたりして国民の批判を浴びました。

 彼が国民に示したヴィジョンは「努力する者が報われる国」でした。他の大統領やエリート政治家、高級官僚が国立行政学院(ENA)の卒業生、通称エナルクで埋めつくされているフランスで、官僚的ではない彼は普通の大学しか出ておらず、しかも父親はハンガリー少貴族の血統、母親はユダヤ系ギリシャ人という変わり種でした。

 つまり当人自身は人生を出発するにあたり、様々なハンディを抱えていたわけです。ゴーン被告はビジネスエリートを生むグランゼコールのポリテクニークやパリ国立鉱業学校の卒業生ですが、出生はブラジル生まれのレバノン移民のアラブ人でした。フランスには「レバシリ」というレバノン人、シリア人に向けられた蔑視用語があります。

 サルコジ氏は大統領就任後、妻のセシリアと離婚し、イタリア富豪の娘でトップモデルのカーラ・ブルーニーと3度目の結婚をしました。最初の妻、マリーは、コルシカ島の寒村の薬局の娘、2番目のセシリアは作曲家イサーク・アルベニスのひ孫でモデルや元老院議員秘書していた人物でした。

 野心の固まりのサルコジ氏は自分の出世に応じて、相応の妻を手に入れ、生活もセレブ化していったわけです。サルコジとゴーンの共通点はそれだけではありません。結果を出すためならどんな努力も惜しまないハードワーカーだったことです。ゴーン被告のあだ名はセブンイレブン、朝7時にはオフィスにいて夜11時前には帰宅することはないいわれていました。

 サルコジ氏は大統領時代、「サルコジは2人いる」といわれていました。朝、パリを経ちポーランドに立ち寄ってからモスクワに向かい、その後、セルビアに寄ってパリに同じ日に戻ってくるというようなスケジュールです。時にはアメリカ訪問の途中で、仏西部ブルターニュのレンヌに立ち寄り、抗議デモを行う漁業関係者の説得に当たったこともあります。

 人一倍の野心と努力を惜しまないワードワーカーで、のんびりゴルフを楽しんだり、執務室で部下の報告を聞くような仕事はしていませんでした。だから、まじめに働く人の努力が報われる国を作りたいということで、閣僚にも個人的野心が強く努力家の女性や移民、若者を閣僚に起用し、フランス国民を驚かせました。

 しかし、個人的野心の強さは諸刃の剣でした。サルコジもゴーンも頂点に君臨し、賞賛されたにも関わらず、2人とも転落が待っていました。2007年の大統領選挙でリビアのカダフィ大佐から5,000万ユーロに及ぶ違法な政治献金を受けた疑いが浮上。2018年には汚職、違法な選挙資金調達、リビアからの公金の隠匿の容疑で訴追されたました。

 左派のオランド候補に敗退した2012年の大統領選で広告代理店を通じて不正会計処理を行い、法定上限を超える政治活動費を使った疑惑での捜査が続いています。本人は妻、カーラ夫人の強い要求もあり、政界を引退していましたが、司法の追求を受け続けています。

 一方、日産、ルノーの、三菱自動車のトップに登り詰めたゴーン被告は、日産会長就任後の2010年に最初の妻リタとの関係が終わり、不倫関係になったキャロル現夫人と再婚していています。リタは地味だが多忙な夫を支え、家族を守り、内助の功は高く評価されていました。

 しかし、頂点に登り詰めたゴーン被告は、ニューヨークのレバノンの上流階級に出入りするキャロル現夫人と出会い、猛烈なアプローチを受け、セレブの世界に引き込まれました。結果、アメリカの経営トップの報酬と自分の報酬を比べるようになり、高額報酬を要求するようになり、別荘やクルーザーを買い漁る成り金と化していきました。

 アメリカのような高額報酬を出す文化のない日本で、有価証券報告書未記載や会社の資金の私的流用など、姑息な違法手段を使ったことが裏目に出て、逮捕、起訴され、全ての地位を追われ、今は国際指名手配を受ける犯罪者に転落し、再起の道はなくなったようにも見えます。

 どこで、この2人は人生を間違ってしまったかといえば、強烈な野心と人並み外れたた努力で手にした財産と女性が自分の人生を狂わしたということでしょう。つまり、両者に欠けていたのは、フランスでいうノブレスオブリージュ(高貴の義務)です。特権を持つ者は見返りを要求しない奉仕を行う精神です。

 サルコジもゴーンも「俺たちはここまでやったのだから、それなりの報酬を得て当り前だ」というでしょう。しかし、ここが資本主義の限界です。個人の欲望を満たすのが原動力の資本主義からはノブレスオブリージュは守れないようです。私はゴーンをレバシリと呼びたくはありませんが、社会的弱者への感性は持ち合わせていないように見えます。

 努力は報われるべきでしょうが、それは報いる方が決めることで、自分で決める者ではないはずです。もし、日産の復活に無心で取り組み続ければ退任する時に予期せぬほどの報いを受けたはずです。それに報われた者が、それを社会に還元することこそ持続可能な発展を遂げられるという原理を逸脱したことで身を滅伍したともいえます。

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