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 恵まれた環境に育った優等生は、一般的に嫉妬に敏感ではないといわれます。なぜなら、小さい時から嫉妬を感じるシティエーションが少なく、少々努力すれば目標に到達できる能力を先天的に備えているからです。負けず嫌いで競争心はあっても嫉妬には鈍感です。

 実は日本人は相対的に能力が高く、世界30カ国以上で取材やコンサルの仕事を経験してきた私からみれば、特に日本人のトータルな能力のボトムラインは、世界一といっても過言ではありません。某日系電機メーカーのフランスの日本人工場長が「日本なら地元のおばさんたちが1週間で覚えてくれる仕事を3カ月経ってもマスターできない」と私に苦言をていしていたのを思い出します。

 日本は長年、欧米諸国を日本より進んだ先進国と仰ぎ見てきた経緯がありますが、階層性の強いヨーロッパの労働者階級の質はけっして高くなく、移民で構成されるアメリカは教育面で様々な問題を抱えています。昨年亡くなった中曽根康弘元首相が30年以上前に、アメリカについて「この国では黒人とかがいて平均的な国民レベルが低い」と発言し、顰蹙を買ったことがあります。

 私は何回かこのブログに書きましたが、日本人はバブル経済の1980年代を頂点に衰退が進み、失われた20年を取り戻せないでいるという悲観論に反対しています。どこの国でも経済成長率が非常に高い時期が永遠に続くことはなく、日本は成熟期に入っただけのことで、中国がアメリカに次ぐ世界第2位の国になったからといって、日本はもう駄目どということは何もありません。

 中国共産党一党独裁で突出した人口の中国は、われわれ自由世界が信じる価値観とは相いれないところで成長しており、日本が社会主義国家にならない限り、参考にも手本にもなりません。日本で欧米からの観光客が増えているのも、今となっては上から目線で日本を見る欧米人が激減したからです。

 日産の前会長のゴーン被告の国外逃亡で世界の耳目が集まっていますが、たとえば、米ウォールストリートジャーナル(WSJ)は、ゴーン被告と並び、アメリカ人の日産のケリー前代表取締役が起訴されている事情もあり、日本の司法に批判的な面もある一方、トップの報酬が青天井のアメリカからすれば、会長の公私混同も大した話ではなく、社内で解決すればいい程度の問題というスタンスです。

 しかし、その日産で過去に社長を務めた故辻義文氏は公私混同を徹底して排除したことで知られています。会社の管理監督をいう前にトップのモラルの高さがあったわけで、大企業トップがモラルのない守銭奴というのはありえない話です。個人欲望を全肯定しない公人としてのモラルの高さが日本を支えてきたといえます。

 先天的な能力、道徳観念の高さは、簡単に手にできるようなものではありません。つまり、その2つを持っている国は、羨望の眼差しで見られ、同時に半世紀以上、極端に衰退することなく高い水準で国を保っていることは、国際的には非常に高く評価され、同時に嫉妬の目で見られていることも知るべきです。

 嫉妬は当然、非建設的ですから、たとえばゴーン被告が逃れた遠いレバノンの地から日本の司法の不公正さが連日叫ばれていることについて、彼の主張に同調するような海外メディアもあったりします。日本を下げしめる論調の背後には日本への嫉妬もあることを知るべきだと私は思っています。

 それと今はネット時代で日本に特派員を置かなくても日本の報道を鵜呑みにした報道も海外ではよく見かけます。つまり、日本が自虐的で自己批判的な報道をすれば、それがそのまま海外でコピーされ、報じられる可能性もあるということです。

 ゴーン被告が強烈に批判する日本の司法の後進性や人権無視、外国人差別、さらには政府が日産クーデターを後押ししたという主張を利用して、長期政権を続ける安倍政権を打倒した左派系メディアや人権弁護士がネガティブ報道をしているケースもあります。

 これはまさに自殺行為であり、自ら世界に醜態を晒し、評価を貶めているというしかありません。その種の報道は、日本に嫉妬する人たちを元気づけているのに優等生の日本は嫉妬に敏感ではないためにそのことに気づいていません。

 どんなビジネスマンとして商才があり、結果を出したとしても、公人としてのモラルを持ち合わせていないリーダーは日本では尊敬されません。自家用ジェットを乗り回し、世界中に別荘を持ち、贅沢三昧を見せつけるリーダーに憧れる風潮も日本の若者の間にはありますが、それは日本の伝統文化とはいえないものです。

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