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 日産自動車は20年前から日本企業であると同時に、フランス政府が筆頭株主の自動車メーカー、ルノーの傘下に入ったグローバル企業です。資本提携といえば同格なように見えますが、日産の43・4%の株を所有するルノーに対して、議決権を持たず15%しか株を所有しない日産はルノーの連結子会社に甘んじる立場です。

 日本を違法脱走したゴーン被告が、メディアに対して潔白を主張していますが、100歩譲ったとしても、やっぱり金融商品取引法違反及び特別背任罪で逮捕、起訴したことに無理があったと思った日本国民はいなかいはずです。彼は自分のプライドを傷つけられたといいますが、日産のプライドは傷ついていないなどとは到底いえません。

 日本で20年前に2万人の従業員解雇を起こった再建屋のゴーン被告は、ルノーの副社長時代にもベルギーにある最新鋭の工場を彼の計算上では不要という判断で閉鎖しました。3,000人のベルギー人が職を失い、ベルギー政府を激怒させたことがあります。

 ブラジル生まれの移民3世のゴーン被告は、最終的にフランスが誇るエリート校、ポリテクニーク(理工科学校)と鉱山学校というフランスのスーパーエリートしか持ち合わせない学歴を手にし、最終的に世界トップの自動車メーカー、アライアンス企業のトップに這い上がり、ヒーロー扱いされました。

 持ち前の優れた頭脳と強靱な精神力、強烈な闘争心と自信、生い立ちから得た異文化耐性と、グローバル企業を率いるリーダーとしての条件を完璧に備えた希有な存在でした。その実績からもフランス人は誇りに思っていましたが、今、彼が期待するような同情と支持の声はフランスからは聞こえてきません。

 私は自分の専門であるグローバルリーダーシップやグローバルマネジメントの観点から、今回の事案を冷静に見てきました。このブログで昨年1年間、何度か指摘しましたが、ゴーン被告が自覚なしに身を滅ぼすような違法行為に走った原因を単にガヴァナンス問題で片づけて欲しくないと考えています。

 ゴーン被告が持つ頭脳や強靱な精神力、闘争心、自信、グローバルマインド全てを持ち合わせた人間は見つけることは容易ではありませんが、全ては諸刃の剣です。なぜなら多くの人が知らない世界に彼はいるため、誰もコントロールできないからです。

 議論すれば頭をフル回転させて凄い勢いで理路整然と反論し相手を圧倒する彼は危険性もはらんでいます。特別な能力を持つ者の常ともいえるもので組織で管理できない存在です。そのような人間に強力な権限を与えた場合、一時的に結果を出せたとしても私物化し、独裁化するリスクがあります。

 リーダーシップやマネジメントの観点からいえば、カルチャーダイバーシティのデメリットが出てしまったともいえます。日本は基本的に御神輿経営で国策会社といわれた日産のような古い大企業には、まだまだその体質は残っています。忠誠心と愛社精神、長幼の序に支えられ、トップや上司を担ぎ、目一杯忖度しながら自分を評価してもらうために働く体質は、むしろ美徳とされてきました。

 一方、フランスは欧米トップクラスの中央集権的体質を持つ国で権限を集中させ、そのトップが決めることに従う国です。国際機関のトップにフランス人を送りたがるのも主導権を握るためです。この異常なまでのトップ権限へのこだわりが、経営統合を諦めないルノーとフランス政府に現れています。

 彼らにとってゆるやかなアライアンスなど何の意味もありません。「私がやるか、あなたがやるか」で「私たちで協力してやる」という選択肢は、フランス人にはありません。その協調性のなさが、北大西洋条約機構(NATO)を出たり入ったりし、イラク戦争に反対したことにも現れています。

 つまり、御神輿経営で上に従順で忠誠心を重視する日本と、意思決定の権限を集中され、強力なリーダーシップを特徴とするフランススタイルが合わさったのが日産・ルノーのアライアンスだといえます。メリットは互いにないものを補完し、うまくいけば強力なグローバル企業を生み出せることです。

 一方、強力な権限行使スタイルのリーダーが、日本の御神輿経営で担がれれば、リーダーは独裁化し、制御不能に陥るリスクもあります。ゴーン被告の日産の後半の10年は、そのデメリットが表面化し、もはや日本側の経営幹部では制御不能なほど私物化が進み、モンスター化したと見えます。

 つまり、元から、このアライアンスはゴーン氏の性格だけでなく、フランスの体質と日本の企業文化の融合に爆弾を抱えていたということです。20年前、ルノーに救済を依頼した日産の塙会長にフランスのリーダーシップの特徴や日本企業との親和性への理解があったとは到底思えません。

 逆に女性的体質の日本は、家族を建て直すために強力なリーダシップと能力を持つ男性を夫に迎えたものの、再建と共に異常な支配欲と過信が鼻についた妻は、過去の再建に感謝の言葉もなく、保身のためにヒステリックに無情な追い出しにかかったといえそうです。

 無論、日産の経営統合を迫ったフランス政府のマクロン経済相が、2017年に大統領に就任したことで、ゴーン被告への経営統合に対するプレッシャーが決定的に強まったことが想像されます。経営統合は避けたい日産にとってはゴーン追い出しの動機となったのも事実でしょうが、不正はそれ以前から恒常的に存在しており、独裁体制は確立していたといえます。

 ガヴァナンス強化が今の日産の至上命題といわれますが、日産を復活させた最初の10年で、新たな人材をトップとして立てられなかったルノー・日産双方の責任もあると思います。ベイルートで記者会見を行ったゴーン氏を見て、フランス人の私の妻は「彼は法の上に立つ神のように振る舞っている」「あれでは弱腰の日本人幹部は一溜まりもないでしょう」といいました。

 無論、ゴーン被告が自分の実績を自画自賛するのも大きな間違いです。彼は本来、自分の国際的評価を高めてくれた日産の社員に感謝すべきでしょう。彼らの優れた技術、勤勉さ、同僚社員の首を切ったゴーン前会長と会社に対する献身的に尽くした社員あっての復活だったことを無視べきではありません。

 しかし、御神輿の上に担いで神にしたのは日産側だともいえます。国の経済レベルも企業実績も上の日本の日産が、いつまでもフランス・ルノーの軍門に下っている不自然な状態を、モンスター化したゴーン被告の強権の元で放置したことは両者にダメージを与えたと考えられます。

 日本では日産幹部が手に負えない案件で、政府や司法の力を借りたことは当然という論調もあります。しかし、外資呼び込みに積極的な日本政府としては、今回のことで外資に嫌われるのは避けたいとか、司法もゴーン被告に逃げられただけでなく、さんざんこき下ろされ、名誉回復が喫緊の課題です。

 そんなことを心配するのは勘違いもいいところです。技術を不当に盗まれる中国から外資が引き上げた話はありません。今の日本は欧州諸国からは羨望と嫉妬の目で見られていることを知るべきです。むしろ、日本は国家主権と尊厳、アイデンティティを強化する方が、グローバル化では大切なことを知るべきだと私は考えます。

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