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 今年春に予定される裁判を回避するため、保釈中にも関わらず、国外逃亡したゴーン日産自動車元会長について、フランスのアニエス・パニエリュナシェ経済・財務大臣付副大臣(45)が2日、フランス国籍を保有している同被告がフランスに入国した場合、同被告はフランスから「送還されない」と発言したことが報じられました。

 同時にフランス政府は、ゴーン被告が「日本の司法制度から逃れるべきではなかった」と考えていると述べ、「法を超越する者はいない」と念を押しました。元高級官僚らしい抜け目のない発言ですが、実は政治的には稚拙な発言といわざるを得ません。

 なぜなら、ゴーン氏の逃走は政治的にはフランスに大きなダメージを与えているからです。日産自動車とアライアンスを組む仏自動車メーカー、ルノーの筆頭株主であるフランス政府は現在、日産との経営統合を模索中です。元国営企業で国の基幹産業だったルノーは民営化後もフランス経済にとって雇用を含め重要な存在であり、日産との関係維持・強化もマクロン仏政権の重要案件です。

 フランス政府が、国際刑事警察機構(ICPO)から国際指名手配を受けたゴーン被告が、もしフランスに入国した場合、全てのフランス国籍者に当てはまる保護の原則が適応すれば、日本との関係が悪化するのは必至です。日本を重要な経済パートナーとしているフランスにとって、ゴーン被告逃亡は扱いを間違えれば日産のルノー離れだけでなく、両国関係を悪化させる可能性もあります。

 ゴーン被告の戦略は、国際世論を味方につけて日本の司法制度を批判することで、無断出国を含め、自らの正当性を主張することと思われます。しかし、この手法は成功するとは到底思えません。日本の司法批判は、フランスで高等教育を受けたゴーン被告らしく、人権重視の推定無罪の原則が日本にはないという論理です。

 さらに日産社内や司法への日本の政治的影響を挙げ、まるで日本は司法が政府に従属する途上国であるかのような批判は、権力分立が曖昧なレバノンの政治力を利用して日本から脱出した行為と矛盾します。むしろ、国外逃亡のために大金を払って法の網をくぐり抜けた行為こそ、断罪されるべきでしょう。

 この論理の破綻から見ても、今の段階でフランス政府の閣僚から原則論が出てくるのは、タイミング的に話を複雑にするだけです。さらに,日本は犯罪人引渡し条約をアメリカと韓国としか結んでいない反面、フランスは96カ国と結んでいます。

 日本との犯罪者身柄引き渡し条約を結ぶことを多くの国が敬遠している理由は死刑制度にあるといわれていますが、今回の事例には当てはまらず、フランスの政治的判断が問われるところです。フランス政府は、この数年、シリアやイラクでイスラム国(IS)戦闘員だったフランス国籍者の帰国を拒否し、シリアやイラクで裁かれることを要求してきました。

 自国に都合が悪い国内の治安悪化リスクを理由に政治的判断が優先され、犯罪者の本国送還を拒否したケースですが、批判も浴び、トルコはフランス国籍者のフランス送還を昨年11月から始まっています。その理屈からしてもパニエリュナシェ女史発言は矛盾し、不用意な発言ともいえます。

 それにフランスの世論への配慮もありません。フランス人の多くはゴーン被告が批判する人権無視の日本の司法制度など誰も知りません。むしろ、近年は過去にないほど日本は評価されており、国民一人一人のモラルの高さがイメージとして定着しています。もっといえば私の知る限り、汚職に対してはフランスの司法と同レベルがそれ以上に厳しいというイメージもあります。

 その意味でフランス国民は15億円もの保釈金を捨て、さらに大金を使って日本を違法脱出したゴーン被告に対しては同情はなく、非常に厳しい目が向けられています。その国民感情も考慮せず、一般人と同じようにゴーン被告を保護し、身柄は引き渡さないなどと発言しているのは、エリート官僚出身者の思い上がった的外れの発言です。

 実は2017年6月に発足したマクロン政権は、国政選挙を一回も経験せずに政治経験も浅いスーパーエリートのマクロン氏が大統領に選ばれ、大統領選の翌月の国民議会選挙では、中道の共和国前進が圧倒的過半数の議席を占め、大半の議員は政治経験がまったくない素人新人政治家でした。

 パニエリュナシェ氏もその一人で、政治家や官僚エリートを排出する国立行政学院(ENA)の卒業生で、マクロン大統領から閣僚指名を受けるまでは高級官僚でした。1年以上続く反マクロン政権の黄色いベスト運動や12月に始まった年金制度改革に抵抗するストライキの長期は、議員経験ゼロで権力を集中される皇帝と呼ばれるマクロン氏と素人政治家が引き起こした問題です。

 彼らの特徴は、非常に精巧で合理的な政策立案はできても、その実現のために国民感情を汲み取るのは苦手です。今回のゴーン事件は経済界だけでなく、対日関係を含め、様々な分野に複雑な影響が及んでいます。それもフランスにはダメージの大きい話です。だからこそ政府を代表する人間の発言は慎重であるべきです。

 日本は今回の件について毅然とした態度で取り組むべきです。むしろ、国際的圧力に屈し、国外逃亡の恐れなしとして、特別保釈を認めた判断を猛省し、金と人脈さえあれば違法な出入国も可能な国というイメージを与えたことを問題視すべきでしょう。そして間違っても今回の件で人権重視の司法改革に論点をすり替えることは避けるべきと思います。

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