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 2010年代が終わり、2020年代が始まったこれからの10年、何が重要かを考えた時、私は「人間一人一人の尊厳を取り戻す」を挙げたいと思います。理由は世界を不安定化し、全てを台無しにする拝金主義から抜け出し、持続可能な満足を人生に見出すために絶対必要だと思うからです。

 ギリシャの時代から金、権力、女が人間を堕落させるというテーマは変わっていませんが、デジタル革命で先進国の国家予算に匹敵する利益を上げる巨大IT企業を目の当たりにし、さらに投資熱で濡れ手に粟のマネーを手にする人口の増加から、拝金主義は過去にない規模に膨らんでいるように見えます。

 それもチャンスは一部の恵まれた富裕層、上流階級にとどまらず、あの強烈な階級社会の英国でさえ、30年前と階級構造が変わっています。数人で始めたベンチャービジネスが巨額の利益を得たり、小さなアパートの一室のパソコンを前にして毎月数千万円の金を動かす個人投資家がいたりで、社会は大きく変わりました。

 無論、その恩恵は脚光を浴びる一握りの成功者だけのものであって、そこには多くの敗者、脱落者がいるのも事実です。しかし、巨額の利益=お金は人間に希望や期待を与え、多くの人はそこに走っている状況は変わっていません。

 日産のゴーン前会長の成功物語と失脚、日本脱出劇は、映画になりそうなドラマチックな展開を見せていますが、高報酬を批判された時、彼は「アメリカのCEOたちの報酬に比べれば、大したことはない」と自己弁護しました。人間の欲望に限りがないことの象徴がマネーにあるといえます。

 無論、単なる金の亡者に見えて実は別の目的がある場合もあります。私の古いユダヤ人の友人は、巨額のお金が動くビジネスのブローカーですが、彼女は手にした大金をせっせとイスラエルに運んでいました。ゴーン被告が祖国レバノンに資金を提供していたかは分かりませんが、その贅沢ぶりを見ると、そうでもなかったといえそうです。

 かつてはセレブ生活は庶民の手の届かない世界でしたが、今はデジタル化、グローバル化が進み、誰にでもビジネスチャンスがあるような幻想を抱かせています。しかし、人間が憧れるセレブ生活で継続的な満足を得られるのでしょうか。

 私は職業柄、これまで何度もプライベートジェット機を所有するジェットセットのセレブたちと接触してきました。友人もいます。しかし、彼らの本音を聞くたびに、その余りにもドロドロした世界にため息が出ます。お金があるために離婚、結婚を繰り返し、人間関係は複雑化し、そのために常に大金が必要なセレブは少なくありません。

 彼らには敵も多くいます。所詮、お金と権力で結びついた人間関係は裏切りにも遭います。常に弁護士が必要になり、そこにも多額のお金が必要です。それに何よりも限りない欲望に翻弄され、満足することはないということです。

 そんな中でも私が濡れ手に粟のビジネスに手を染めなかったのは、私が高校教員の父のもとで育ったからかもしれません。父を尊敬する教え子が何歳になっても父を訪ねてくる姿を見て、人から感謝される人生の素晴らしさを目の当たりにしてきました。

 母方の祖父母も満州で多くの中国人を助け、敗戦後の2年間、長く満州で中国語の通訳官だった祖父は、最初はソ連軍に、後半は八路軍(中国共産党軍)に身柄を拘束され、その時助けたのは祖父母から世話を受けた中国人たちでした。

 どんな状況変化があっても、変わらない感謝を残すことは容易なことではありません。それはお金では買えないものです。見返りなしに利他的に生きるのは簡単ではありませんが、人からの感謝には喜びと満足感があり、生涯の宝になることを痛感してきました。

 それこそが尊厳を持った生き方だと思います。東日本大震災で始まった復興支援のボランティアに参加した人々が、逆に元気をもらって帰ってきて、その満足感でリピーターになる現象が拡がりました。人は犠牲を払ってでも利他的に生きることで喜びと満足を得られるように作られていると私は考えています。

 利潤を追求するビジネスの世界は、利他的に生きることとは矛盾します。しかし、ユダヤ人の友人が稼いだ金を祖国に捧げるとか、巨万の富を手にしたマイクロソフトのビル・ゲイツが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を立ち上げ、中国、インド、アフリカを含め国内外に8拠点、1400人近い職員を抱え、410億ドル(約5兆円)の基金を元手に、途上国向けに感染症予防や治療薬の開発などを行っています。

 今年、アフガニスタン東部で殺害された中村医師は、長年の灌漑施設整備でアフガンの経済復興に貢献し、彼の柩はアフガンの大統領が担ぎました。どれほど多くのアフガン人が彼に感謝しているかを考えると、これほどの尊厳死はありません。

 パワハラ、セクハラも自分を含め尊厳という意識さえあれば起こり得ないことです。逆に言えば、人間を尊厳視できない人や組織、国家は評価できないということです。日本でも上司の顔色ばかりを伺い、同僚や部下を尊重しない人間は尊厳意識が低いといえます。

 マネーは手段であって目的ではありません。その手段が目的化することが堕落です。その主客性転倒が起きないためには目的を明確化する必要あり、それは必ず利他的であるべきです。それこそが尊厳であり、その尊厳を守れれば、マネーで身を滅ぼすことはないと私は考えています。

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