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 コミュニケーション革命をもたらしたデジタル技術は、人類に平和をもたらしているのかと問われれば、答えに窮する人は多いでしょう。たとえば、私が関わってきた治安分析の世界では、2つの大きな変化があります。1つはネット社会での「言葉の暴力」です。

 よく話題になる韓国の若いスター女優などが、ネット上での非難を浴びて自殺する例のその結果です。治安の最重要事項は人の生存に関わることです。言葉の暴力が死を招く現象は、ネット時代でなくともありましたが、今はネット上で心ない発言が飛び交い、規制をかけても言論や表現の自由との関係で「言葉の暴力は」はエスカレートする一方です。

 2つ目は、反社会的なイスラム聖戦主義やネオナチ思想などがネットを通じて拡散したことで、テロリストのリクルートが容易になったことです。ラップ音楽と戦闘ゲームの軽いノリで差別や貧困に苦しむ若者にアプローチし、ゲームではなく、本物の武器を使い、人を殺傷できる究極の刺激を与えてくれる戦闘地にいける過激派組織、イスラム国(IS)はアピールし世界中からテロリストを調達しました。

 テロのグローバル化が進む中、ネットは最強のツールと化しています。欧州連合(EU)では、検索サイト運営会社、グーグルなどに対して、明らかに危険なサイトを強制削除する法律を作ったりしていますが、阻止できていません。そこでも刺激的戦闘映像などとともに言葉による洗脳が行われています。

 デジタル革命時代といっても一つも変わっていないのは、言葉の重要性です。AIも実は言葉で動いているし、有益な話から危険な思想に至るまで、言葉は人の心するツールであることに変わりはありません。言葉はマインドコントロールでの最強のツールでもあります。

 悪化の一途を辿っている日韓関係でわれわれが見落としがちなのは、言葉使いです。基本的に世界のどこを見渡しても過去に深刻に対立したり、支配し支配された歴史を持つ国同士が歴史認識を共有することはありません。特に被害者の記憶は癒えることはあっても消えることはありません。

 フランスは第2次世界大戦下で国の半分をドイツに占領され、支配を受けた歴史を抱えています。ドイツ支配下ではユダヤ人狩りが起き、ドイツに協力したコラボと呼ばれた協力者や、ドイツ兵に体を売った女性たちが戦後、厳しい社会的制裁を受け、国内でも葛藤がありました。

 私はドイツとフランスの関係を見ていて、強い印象を受けたのは、過去には東西冷戦終結後に当時のコール首相が欧州首脳を前に発した「ドイツの復興を忍耐強く見守り、共助してくれたことに感謝する」という言葉です。同じ言葉は最近、シュタインマイヤー現独大統領も公の場で述べています。

 この言葉は、謝罪の言葉以上に当事国の国民の心に響く言葉です。歴史の記憶の研究者の間では、被害国の国民の記憶が消えることはないといいます。アジアの悲劇は日本も韓国も中国もキリスト教国ではないことです。韓国はキリスト教が盛んですが、ローマ・カトリックのフランシスコ教皇が警告したようにキリスト教は赦しの宗教という点を韓国のキリスト教徒は理解していないということです。

 仏独の外交官などにドイツ人の妻がいることは知られていますが、両国は共に「汝の敵を愛せよ」というイエス・キリストの教えを知っていたことが、埋めがたい恩讐を超える助けになったともいえます。両国関係を難しさは、たとえば私がフランスに移り住んだ1990年代初頭、フランスでのテレビでは毎日のようにナチスドイツ時代を描いたテレビドラマや映画が放映されていました。

 冷戦で共通の敵であるソ連と対峙し、仏独は協力する必要があった時代でさえ、ドイツへの蛮行をコミカルに描く皮肉に満ちたドラマを放映していたわけです。その一方で両国はEUの深化・拡大の牽引役として協力を続け、今ではまるで忌まわしい歴史の過去はなかったかのようです。

 無論、ドゴールという強いリーダーシップを発揮する大統領がいたフランスは、政治力でも国内のドイツを嫌悪する世論を抑えることができた事実もあります。冷戦への対応からEU強化という新たな目標を両国は共有することに成功しました。しかし、そこでも両国の政治家は常に言葉を選んだ慎重な発言があったことが大きいということです。

 たとえば、2015年の日韓慰安婦合意でも「最終的かつ不可逆的な解決」という表現は、半世紀以上徹底した反日教育を受けた韓国民が受け入れるとは思えません。「この問題はこれで終わり」などという種類のことではないからです。これも言葉の配慮が十分でなかったことを伺わせます。

 不用意・不見識な言葉がSNSで行き交う時代、どんな信頼関係も発せられる一言で一瞬にして壊れてしまうこともあります。ネット上の言葉がISの戦闘を加速化させたわけですから、戦争を引き起こす可能性も否定できません。ビジネスの世界でも言葉は非常に重要です。言霊という言葉あるように、言葉は状況を一転させる力を持っているということです。

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