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  100年に渡り労働党の牙城といわれたワーキントンも保守党の手に落ちた

 今月12日投票の英総選挙で、欧州連合(EU)離脱実現を掲げたジョンソン首相率いる保守党は、メディアの予想を上回る大勝を果たしました。特に「赤い壁」と呼ばれる労働党が伝統的に強い地域で、有権者の票が大挙して保守党に流れたことが大きかったといわれています。結果、109人もの保守党新人議員が誕生しました。

 労働党の牙城といわれ、100年以上労働党議員を議会に送り込んできた英北西部ワーキントンや、労働党出身のブレア元首相の選挙区で労働党の強い北東部セッジフィールドでさえ、労働党は保守党に破れました。話は複雑で英国人労働者は、ポーランドなどからの労働者が大量流入し、職場を奪われ、EU離脱や移民への強硬姿勢を掲げる保守党の主張にも共感する部分がありました。

 労働党の敗因は、単純ともいえるものでした。コービン同党党首も大敗を受け「離脱問題が議論を二極化し、分断させた。それが(大敗の)結果をもたらした」と認めているように、他のいかなる重要な内政問題よりも、国の将来を根底から左右する離脱問題が最大の争点だったということです。

 ところが保守党が離脱達成という明確な目標を掲げて選挙に望んだのに対して、労働党のコービン党首は2度目の国民投票にも言及し、残留を強く主張することはありせんでした。国民投票後、3年半も離脱議論が迷走した中での総選挙ですから、離脱か残留かが争点なのは明らかだったし、これ以上の迷走を大半の英国民が望んでいないことも明白でした。

 離脱が正しいかどうかよりも、決めないことでの不透明感で国民は窒息状態だったといえます。労働党は単純にその状況を見誤ったということです。私は今秋、英国で様々な職種、様々な世代にブレグジットについて取材し「もううんざりだ」「その話は職場では禁止されている」「家庭内ではブレグジットを話題にしないルールになっている」という答えが返ってきました。

 実は大敗した労働党は、日本のメディアが指摘するほど、労働者の党ではなくなっています。なぜなら、デジタル革命で産業構造が急変し、英国の伝統的な階級構成は大きく変化してしまったからです。1990年代後半の世論調査では、労働党を支える新たなホワイトカラー層の登場を伝えていました。

 最もその変化を体現したのはブレア首相(当時)でした。政策的には保守党のサッチャー政権がとった外資に開かれた経済政策などを継承し、EUで定期開催される社会党大会で「社会主義を基礎とした政策は時代遅れ」と堂々と述べていました。ドイツも社民党が改革を進めていた時代です。

 通常、英国政治はフランスやドイツから見ると先進性を感じるものです。大陸欧州の古い国々は1980年代から1990年半ばまで、社会民主主義が宗教のように信じられていました。当時は右派といっても英国の労働党より左だといわれました。

 英国自体も、この3年半で大きく政治状況は変わりました。2016年の国民投票で離脱方針が明らかになり、強硬離脱をめざすメイ首相(当時)は、1年後の6月、離脱をスムーズに行うため、足下の保守党基盤を強化しようとして前倒し総選挙を行った結果、議席を減らし、そこから迷走が始まりました。

 当時の英国民は誰も経験したことのないEU離脱に不安を抱え、離脱の勢いはトーンダウンしていました。労働党は得をした形でしたが、その後の2年半の迷走は政治不信を招き、メイ政権は弱体化しました。今では、はっきりさせたい方が、離脱が正しいかどうかより重要と考えるようになり、ジョンソン氏に委ねる選択をしたと見られます。

 BBC放送前政治部長ニック・ロビンソン氏は「コービン労働党時代は終わった。労働党を政権党にするコービン・プロジェクトも終わった」と指摘していますが、この挫折は労働党にとって過去最大級のものかもしれません。少なくとも古い社会主義を持ち出すことは不可能になったといえそうです。

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