8357501978_602acdd42a_b
 
 ペシャワール会の中村哲医師(73)がアフガニスタン東部で殺害され、欧米メディアも一斉に速報で報じました。「いいことをしているのだから守られるはず」という考えは、まったく通じない現実を見せつけられ、日頃、医療から農業用水整備まで幅広い分野で精力的にアフガン復興に貢献した偉大な人物も標的になる現実を思い知らされました。

 反政府勢力のタリバンまで「中村医師は、わが国の復興に尽力しているので襲撃などしない」という声明を出していますが、アフガン国民の支持あってのタリバンにしてみれば、当然といえるでしょう。それに日本はタリバンの敵であるアメリカの同盟国とはいえ、タリバン掃討軍事作戦には一切関与してきませんでした。

 ならば誰がということですが、一つ浮上しているのは、過激派組織イスラム国(IS)です。なぜなら、非常に計画的で、これまでに分かっている事件当時の状況から、中村医師自身が標的だったことが伺えるからです。シリアで支配地域を失い、最高指導者のバグダディ容疑者を殺害され、劣勢にあるISは、世界が注目するテロを実行し、存在感をアピールする必要があるという見方です。

 長年、治安分析を仕事としてきた私からすれば、テロの原則は「注目度の高い場所で注目度の高い標的を、注目度の高い方法で実行する」ことです。9・11の世界貿易センタービルやペンタゴン、世界的に知られるフランスの風刺週刊紙シャルリー・エブドの編集部やパリのバタクラン劇場、最近ではロンドン橋など、いずれも実行すれば、トップニュースになるテロです。

 もし、仮に金目的なら、紛争地域や不安定地域で多発する外国人誘拐が考えられますが、最初から中村医師殺害が目的だったように見えます。21世紀のモンスターといわれるISは人間の心理に精通し、どうしたら人の心を揺り動かし、注目度を上げるかは、よく分かっています。

 人道援助援助関係者でいえば、バグダディ容疑者が、アメリカ人援助活動家だったケーラ・ミュラーさんを拉致し、散々もてあそんだ挙げ句殺害した悲劇がありました。そのため米軍特殊部隊は、バグダディ容疑者殺害の作戦名を「ケート・ミュラー」としていました。この悲劇は全アメリカ国民の心を揺り動かしました。

 2016年にバングラデシュの首都ダッカの高級飲食店で日本人7人を含む20人が殺害されたテロ襲撃事件では、殺害された職員は純粋な人道援助とはいえなくても、日本のODAの仕事に関わる人たちでした。「あなたの国のため、いいことをしているから助けてくれ」という言葉は通じませんでした。

 アフガンでは2008年8月、中村医師が所属するペシャワール会のスタッフとして現地で復興支援に尽力していた伊藤和也さん(当時31)が武装集団に拉致され、殺害されました。中村医師は同会の日本人スタッフ全員を撤収させ、自分だけ残って命懸けの活動をしていました。

 2018年だけで武装組織などに襲撃された国連や赤十字、国際的NGOの職員ら、援助関係者は405人にのぼり、131人が死亡し、130人が誘拐されたという数字もあります。紛争が続くアフリカでは、日赤職員や人道支援関係者が命を落とす例は数知れません。

 つまり、平和な日本では考えられない残虐で死と隣り合わせの状況の中、人道援助活動が行われている現実があるということです。心配なのは今回の事件で、人道支援活動の火が日本から消えることです。キリスト教の欧米諸国では死の犠牲は崇高なものという考えがありますが、日本はどうでしょうか。

 軽い動機で紛争地域に向かうとんでもない日本の若者は論外ですが、中村医師の命懸けの足跡と示した平和主義が、日本のこれからの人道支援活動に良い影響があることを祈るばかりです。

ブログ内関連記事
ダッカ邦人7人死亡のテロ犯死刑 再認識すべき相手国のコアバリューへの理解
バングラデシュ人質事件 経済支援の思い上がりが裏目に
刻石流水の深い意味を安易にビジネスに応用するのは日本的偽善
IS指導者バグダディ容疑者死亡で高まる報復テロの脅威、主人を失った小悪魔たちの無秩序が恐ろしい