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 このブログに何度か「原則論だけではグローバルな環境で結果は出せない」ということについて書きました。また、「”べき論”が自分を支配すれば怒りや苛立ちから逃れられなくなる」ということも書きました。なぜ、そんなことを書いたかというと、人間には知情意があるといいますが、日本人があまりに知的で情や意とのバランスが悪いと思うからです。

 たとえば、「日本人の常識からいって、ありえない」という話は、グローバルビジネスに関わる人たちから何度聞いたか分かりません。「どうして指示した通りにやらないのか」「なぜ、勝手に仕様を変えるのか」「契約を無視するのは理解できない」など、ストレスをもたらす異文化の原因は、日本の常識と合わないことから起きます。

 それは、たとえ、その国や地域の人々の背後にある歴史や文化、宗教を理解したとしても、日本人としては受け入れがたいものがあるという話です。時間に対する厳格さがないだけでもストレスを感じる日本人ですが、たとえば、中国や韓国のような異常なまでに面子を重んじる国で事実が歪曲されることに日本人は堪えられません。

 大陸では自分のコミュニティーの外にいる相手の軍門に下れば、相手の支配を受けるという歴史があまりに長く続いたため、相手に対する不信感が強いだけでなく、自分の非を認めれば自分をリスクに晒すという考えがDNAに刻まれ、非を認めて謝る文化は希薄です。

 さらに宗教が国や民族を形成するのに大きく関わった歴史から、どんな国にもプライドがあります。特にアメリカのようにピューリタンによって作られた国は、神が準備した国という考えが強く、世界全体に責任を持つ使命感の強い国です。

 最近の日本と韓国の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)をめぐる交渉では、GSOMIAは安全保障上の問題、輸出規制は経済問題でまったくリンクしていないという原則論を繰り返す日本に対して、日本は徴用工問題などの報復で韓国に輸出規制の厳格化を行ったと認識する韓国は自らの描くストーリーに合わない妥協はしたくないので、面子を潰されないために必死です。

 知的優等生である高級官僚たちは、典型的な原則論者で国外に対しても、その姿勢を崩さないのが正しい態度とされていますが、役人と政治家は役割が違います。外交においては理不尽と思えることを飲み込む政治的判断も必要です。

 たとえば、ベトナムの政府高官から「日本の支援はありがたいが、実務となると、完全に上から目線で露骨に損得の話が出てきて驚くことが多い」といわれたことがあります。どんな貧しい国にもプライドはあります。それに金が全てではありません。日本人から見れば信じている宗教が経済発展を妨げていると映っても、それを変えることなどできません。

 理屈で割り切れる知は、簡単に理想に近づくことができますが、具体化するには、非常に複雑な現実が待ち構えています。相手がそれを理解し、納得するには気の遠くなるような時間とエネルギーが必要です。私の経験では最後まで理解に至らないことの方が多いかもしれません。

 知は、その複雑な人間のコンテクストの違いを無視しがちです。さらに知は能力があるかないかによって差別を生みます。常に能力のある人間が上に立ち、階級を作り出します。日本の高級官僚が論理的正当性を主張し、相手はその論理についてこれなければ「そんな理屈も分らないのか」と見下すでしょう。

 グローバルビジネスは、利益追求と技術、製品、サービスという、文化を超えやすい要素で成り立っています。エンジニアや金融で働く人たちは世界中、1+1=2という共通の数学共有言語を共有できます。しかし、結果的に知的レベルの差によって格差は生まれます。

 一方、人間自身が簡単に知で割り切れないように、文化の違いは不協和音をもたらします。「どうして、こんな簡単な理屈が分らないのか」と苛立つ場面は多いのですが、そこには能力と人間性が複雑に絡まっています。それに知は例外を認めず、許しがなく、間違えば裁きがあるだけです。時として非常に冷酷です。

 たとえば、文在寅政権が断腸の思いでGSOMIA撤回を一時停止したとして、日本が「もともと間違った認識で拳をあげた韓国なんだから当然の判断」といえば、韓国人は心が収まらないでしょう。結果、知だけでは問題解決はできないということです。

 私は日本は韓国に対して「先にアジアで経済発展した国として、韓国の国情や国民感情も考慮し、支援を惜しまなかったが、韓国も十分経済成長し、先進国の仲間入りをする段階にあるのだから、今後は対等国として、両国間にある様々な問題を解決したい」という明確なメッセージを流すべきだと思います。

 知は冷酷で対立や差別を生みますが、心は和を生むと私は考えます。私からすれば、西洋から科学的合理主義を輸入した日本といいますが、近代以降の西洋は科学を信奉してきた一方で、非科学的といわれる宗教のキリスト教も引き継がれました。

 極端にいえば日本は宗教を省いて科学的合理主義だけを受け入れたために知だけを信奉する希有な国になってしまったともいえます。それではグローバルイシューで成果を出すのは困難です。

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