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 米電気自動車(EV)メーカーのテスラが、首都ベルリンのあるブランデンブルク州の広大な用地にギガ・ファクトリーを新設するニュースが今週12日に流れました。中国を初め、世界進出に意欲を見せるイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が、欧州では初の生産拠点をドイツに決定したことは、地元ドイツでも今週、大きく報じられました。

 思い出すのは1987年、米自動車産業の中心地、デトロイトに日系自動車メーカーが進出した当時、デトロイトのあるミシガン州を取材した時のことです。無論、状況はかなり違いますが、米自動車産業が減速する中、安価で高品質の車で米市場を席巻する日本の自動車メーカーが、とうとう、米自動車産業を象徴するミシガン州に進出した瞬間でした。

 マスク氏は、ドイツには、自動車を製造する高い技術が存在し、間違いなく高性能の電気自動車を大量生産できることを確信していると語っています。そのドイツには今年世界第1位の販売台数誇るフォルクスワーゲンや、高級車を世界に提供するメルセデスベンツ、BMWなどがあり、ヨーロッパの自動車産業の心臓部ともいえる国です。

 テスラのヨーロッパ市場への本格進出には、テスラ車の人気が上昇していることや、EV車ではドイツメーカーの追随を許していない現状があることで、高い需要が見込めると判断したとされています。現在、ヨーロッパで販売されている車はアメリカで生産されたもので、関税面でもドイツに生産拠点を持つことは有利です。
 
 英国も検討されたといいますが、ブレグジットの不確実要素によるリスクを嫌った形です。ヨーロッパは世界で評価を受ける自動車メーカーが多く存在し、競争は激しいものの、市場としては5億人を超える規模で富裕層も多く、消費者の層は厚いため、ポテンシャルは高いといえます。

 ヨーロッパ人は呆れるほど、新しい物に飛びつかない性質を持っていますが、環境対策の世界の牽引役を自称するドイツ及び欧州連合(EU)としては、EV化は待ったなしの課題です。テスラの本格進出は、ヨーロッパの自動車メーカーのEV化推進にも大きな影響を与えそうです。

 では、ドイツ国民やメーカーはどう受け止めているのでしょうか。まずは進出が決まったベルリン市南方1時間余りの広大な産業用地グルンハイドのあるブランデンブルク州の住民は、10,000人以上の雇用が見込まれる(その可能性は疑問視されている)こと、各種部品関連メーカーが集まってくるため、大歓迎というところです。

 独TV・ZDFも、減速するドイツ経済にとってプラスに働くと報じ、同時にドイツの自動車メーカーはEV車開発でテスラに大きく遅れをとっている現状も伝えています。フォルクスワーゲンは世界の市場で自社が莫大な投資を行って開発したディーゼル車の投資回収のため、排気ガスでデータ改ざんまで行っていたことで非難されています。

 テスラはEV車に特化して出発し、それ以外の過去の投資がない分、その回収の必要性もありません。ガソリン車、ディーゼル車を作り続けてきたドイツの自動車メーカーは、100年に1度といわれる技術革新でEV化とネットワークに繋がる技術で、莫大な投資が必要とされ、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と仏グループPSAの経営統合などの動きで世界的再編が進んでいます。

 身の軽いテスラとしては、ドイツで熟練した技術者を確保でき、完成度の高い車を製造できれば、先行きは明るいというわけです。それに対してEV化で莫大な設備投資が必要となっているドイツメーカーは試練に直面しています、ドイツ政府としても同国が誇る職業訓練プログラムでテスラがEV車製造に必要は技術を提供してくれることへの期待感もあります。

 ドイツ車を育てたといわれる世界で最も高速長時間運転が可能なアウトバーンのあるドイツで、テスラもものづくりを進化させる可能性もあります。ヨーロッパではメーカーだけでなく、部品などの関連メーカーもテスラ進出に非常に高い関心の目が向けられています。

 そのうち不調なヨーロッパの自動車メーカーの中にテスラへの身売りを考える企業も出てくるかもしれません。ただ、マスク氏はヨーロッパ人の保守的で同じことを繰り返すことを好む老齢化した消費傾向に驚かされるかもしれません。ヨーロッパのテスラ人気は、今のところ本当に限られた新し物好きのレベルでしかないからです。

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