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 刻々と迫る英国の欧州連合(EU)離脱期限。ジョンソン氏が提出した新提案をEU側は気に入っていないようです。無論、英領北アイルランド国境沿いでの厳格な国境管理を回避するため、特別な通関制度を設けるとするジョンソン氏の案は「関税の徴収作業を非加盟国に委任することはできない」というEUの原則を満たしていません。

 メルケル独首相、トゥスクEU大統領などから次々に飛び出すジョンソン提案へのネガティブ発言を見れば、合意なき離脱は、ほぼ確実かという情勢です。ウォールストリートジャーナル(WSJ)の社説は「英欧の虚勢の張り合い」になりつつあると指摘していますが、虚勢の影には両者共に見栄を張ってはいられない深刻な状況もあります。

 EU経済を牽引してきたドイツが景気後退局面に入る可能性が高まっており、フランスは来月でマクロン政権への抗議運動「黄色いベスト運動」が始まってから1年を向かえます。英国離脱後、EUの3番目の経済規模を持つイタリアの財政赤字の膨らみは、政治的混乱の中でユーロ圏の不安要因です。

 アフリカ北部から押し寄せる難民・移民に対して、相応の公平な受入れ分担を調整中のEUですが、同じ加盟国でも元共産圏だった旧中・東欧諸国と西側諸国とでは人道問題への取り組みで大きな認識の差があります。さらに今月18日からはアメリカがEUから輸入する農産品などに最大25%の関税を上乗せする方針を打ち出し、対米貿易に暗雲が立ちこめています。

 そのため、英米の英語メディアは、EUがアイルランドを守らんがために北アイルランドの国境管理問題で頑なになっているのは合理性がないと批判する論調が目につきます。それにブレグジットはEUにとって経済のストレステストだというわけです。しかし、EUは経済的理由だけで動いているわけではありません。

 彼らの信念の中には東西冷戦で分断された欧州を取り戻し、一つの欧州としてまとまることを何よりも重視する側面もあります。それは英国から見れば現実性のない幻想、あるいは甘い願望と映るかもしれませんが、その英国との認識の違いと、英国の上から目線がEUを困惑させているともいえます。

 ギリシャが財政危機に陥り、救済に乗り出したEUに対して横柄な態度をとり続けるギリシャの政治家に我慢しながら、ギリシャを見捨てなかったのも、未だ民主主義や自由、平等、公平だなど価値観が十分定着していない旧中・東欧諸国の加盟を無理をして急いだのも、欧州としての一体性を重視したからに他ならず、ロシアの脅威から守るためでもあったといえます。

 それは20世紀の2つの大戦の悲劇から導き出された結論であり、EUの深化・拡大を支えてきた信念の一つです。それを島国の英国は共有していません。といってもスコットランド市民の過半数はEUに留まりたいわけですから、イングランド市民の意志といえます。

 国境問題がどうなろうと何がなんでも離脱すると宣言するジョンソン首相と離脱強硬派の側近たちは、合意なき離脱の経済への悪影響は2・3年のこととし、自由度を増す貿易政策で驚くほどの利益を英国にもたらすと繰り返し強調してます。一方で北アイルランド国境問題がこじれ、ベルファスト合意が崩壊し、紛争再燃のリスクが高まるという議論は蓋がされたままです。

 合意なき離脱に反発する閣僚5人がジョンソン政権を去る可能性が指摘される中、総選挙の可能性も強まっています。そこで保守党が過半数を獲得できれば、ジョンソン氏にとっては頭の痛い議会採決が容易になるわけですが、果たして保守党候補者と支持者がブレグジットで一枚岩とはいえない状況です。とにかく民意を問う段階に入っているのかもしれません。

 互いに「ボールは相手に投げられている」と主張し、責任転嫁していますが、そのような虚勢は役に立たないでしょう。英米メディアはEUが頑固で見栄を張って妥協しないのが悪いという論調になりがちですが、ジョンソン案を飲めば、今度は加盟全27カ国を納得させる必要があります。それも容易なことではありません。

 互いに民主主義を貫くには、大変な作業が重くのしかかっているといえますが、これだけ多くの英・EUの優秀な人が集まっても、妙案が生まれないのは何を意味しているのか、ブレグジットそのものを再考する時期に差し掛かっているともいえそうです。

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