Leadership-Role

 海外で働く日本人と出会うことが多い私は、実績を出している人物には共通点が多いことに気づきます。その一つは彼らの戦いが赴任先のナショナルスタッフとだけでなく、さまざまな指示を出す本社とも激しく戦っていることです。つまり、その両方の戦いを制する人間だけが成果をあげているということです。

 理由は企業自体がグローバル化しておらず、意思決定のプロセスで現地に十分権限委譲していない問題もあります。しかし、「本社の意向」を金科玉条のように振りかざす赴任者に従順に従うナショナルスタッフもいません。

 大抵の成功者は、本社と激しいやりとりを繰り返しています。特に海外でゼロから工場や支社を立ち上げた人物は、思い入れや愛着もあり、本社が示す目標値に激しく抵抗するケースも少なくありません。中国・大連で生産工場を立ち上げた某日系大企業のA氏は、5年間の駐在でアジア地域で最も高品質の製品を生み出す工場に仕上げ、会社から賞ももらいました。

 しかし、その道のりは険しく、現地で雇用した中国人とは喧嘩が絶えない日々が続いただけでなく、現地の事情を理解できない本社の的外れな指示に悩まされ、本社の上司と何度も激しい口論になったといいます。結果的には中国で最も優秀な工場に育て上げ、タイに転勤して、今は不振が続くタイ工場のてこ入れをしています。

 これまで商社を含め、海外業務に長い実績を持つ企業は、日本で使いづらい主体性の強い社員を海外に送り込み、その人は継続的に海外を転々とさせられる時代がありました。ところが海外でのローカリゼーションが進み、優秀なナショナルスタッフをトップに据えてマネジメントする企業が増え、中には国内よりも国外の収益の方が多いケースもあるほどです。

 つまり、今まで以上に本社は海外拠点への権限委譲が必要となっています。そのためには海外に派遣される社員にも強いリーダーシップやマネジメントスキルが必要です。海外で成功した人物は主体性が強いだけでなく、責任感も非常に強く、ナショナルスタッフに対しても愛情を持っています。

 無論、業務における専門知識や推進力は必須ですし、対人スキルが圧倒的に重要となります。このコラムに何度か書きましたが、理系人間の多いメーカーやIT企業の場合、自然科学には強くても人間を扱う人文科学には疎い場合が多く、日本人と同じように動いてくれないナショナルスタッフと摩擦が起きる場合は少なくありません。

 欧米のビジネススクールでのリーダーシップやマネジメント分野の研究には、心理学が大きな役割を占めていますが、人間自体に通じなければ、単純な数学的論理で人は動かせません。文化が違えば、それはさらに難しいということです。

 だから、ナショナルスタッフと体当たりし、自分をさらけ出し、人間関係を築いていく人間だけが成功者になるわけです。つまり、相手を知る前に自分で自分をよく理解しておく必要があります。同時にその自分を押し通すのではなく、相手を人間として尊重することも重要です。

 リスクマネジメントの観点からも、現地のリーダーの裁量権は重要です。いわゆるリスクオーナーは現場にいる人間であるべきで、何千キロも離れた日本本社にあるわけではありません。そのリスクオーナーの判断次第では、支社のみならず、本社にダメージを与えることもあります。

 日本企業はこれまで終身雇用や年功序列を利用し、愛社精神や会社への忠誠心を育ててきました。そのため現場でのリーダーシップ以上に組織への忠誠心が重視され、監視がいきとどかない海外には会社を裏切らない人間を送り込む傾向が強いといわれてきました。

 しかし、忠誠心の強い人間の中にはイエスマンも多いのが実情です。上司に忖度するのも能力の一つといわれてきました。組織の中で誰が力を持ち、誰が出世していくかを見極め、その人物に取り入るような人間も少なくありません。

 会社全体が愛社精神をあてにして動く時代は今、終わろうとしています。組織を生かすために働く時代から、個人を生かす組織の方が評価される時代がきています。そうでなければ外国人材を生かすのは難しいでしょう。

 それに海外拠点でも仕事を完全に任せられるナショナルスタッフをどう育てるかという課題が重要さを増しています。通常、上昇志向の強い優秀なナショナルスタッフは、高い技術を誇る日系企業でスキルを習得した後、より待遇のいい欧米企業に転職するパターンが中国を含むアジア地域で多く散見されます。

 人を育て離職率を抑えるためには、日本国内にはない工夫が必要です。いくら努力し実績を出してもキャリアップに限界があれば、優秀な人ほどそこにい続けることはありません。実際に導入している日本企業もありますが、将来的には海外で実績を出す優秀なナショナルスタッフが日本国内外で管理職になっていくような仕組みも必要でしょう。

 正しい情報に基づく適切な判断が求められるグローバルビジネスでは、イエスマンや忖度人間は組織を危険にさらします。それよりリーダーやナショナルスタッフの主体性を重視しながら、両者およびリーダーと本社の双方方向のフィードバック徹底強化、責任の所在の明確化をすることが重要でしょう。

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