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 英国のジョンソン首相は28日、議会の夏季休会明けの9月9日の週から10月13日まで議会を停会する方針を決めました。それもエリザベス女王のお墨付きを得たということです。目的は野党・労働党が準備する離脱延期法案の審議に時間を与えないためです。離脱強硬派のウルトラCなどといわれています。

 10月末に欧州連合(EU)からの離脱の期限期限を迎える英国では、世論は真っ二つに分かれています。ただいえることは、メイ前政権が延々と議会で審議を迷走させ、結局、何も決まらなかったことに国民の多くが強いストレスを感じていることです。

 そのため、ジョンソン氏の強気の姿勢を支持する意見も少なくありません。どちらでもいいから結論を出す時期だというわけです。それに英国民の多くは、メイ前首相がどんなに噛み砕いてEUが合意した離脱協定案を説明しても、結局はEUに交渉で負けたという印象をぬぐうことはできませんでした。

 問題になっている英領北アイルランドとアイルランドの国境管理問題も、離脱「移行期間」に解決策を見いだすまでEUの関税同盟にとどまる安全策(バックストップ案)を離脱派は信用していません。

 ドイツのメルケル首相は「バックストップ案は、無駄な混乱を避けるのが目的で英国をEU支配下に置こうとする目論見などまったくない。全くの誤解だ」といっていますが、英国内には「解決策など見つからないことをEUは知っている」と不信感を持つ声も少なくありません。

 ここまで来ると、交渉は両者の信頼の問題ともいえますが、互いに戦争を繰り返した長い歴史を持つヨーロッパでは、特に島国、英国の大陸ヨーロッパへの不信感は消えていません。無論、だからこそ離脱し、自由に行動できる道を選ぼうとしているわけですから、当然ともいえます。

 所詮、1対27カ国という勝ち目の薄い交渉といわれてきました。ジョンソン氏がEUとの2カ月間の最後の交渉にのぞむのに足元の議会の揉め事は邪魔になると考え、停会を決めたのでしょう。議会を封じ、合意なき離脱をちらつかせながら、EUにバックストップ案を取り下げさせようと作戦です。

 EUは、これまで「ボールは英国に投げられている」といい「あなたの国は、まず国内の意見をまとめるべきでしょう」と突き放してきました。フランスのように大統領に権限が集中していない英国は議会の合意がなければ前に進めません。だったら、議会を開かなければいいという暴挙ともいえる行動にジョンソン氏は出たということです。

 英議会での可決には英下院(650議席)で議長団などを除いた実質過半数の320票が必要。メイ首相時代から閣外協力している北アイルランドの民主統一党(DUP)を含め、なんとか320議席を確保している与党・保守党は、仮に野党勢力が離脱期限延期を含む法案を議会に提出した場合、与党内から数人の賛成票を得られれば法案を可決できる状況です。

 そうなれば、離脱強硬派のジョンソン政権は挫折することになり、総選挙の前倒しの可能性も出てきます。そんな自体はEUを利するだけで、英国民も望んでいないとジョンソン氏は考えているのでしょう。だから議会制民主主義を逆手にとる手法も厭わないというのでしょう。

 今までの英議会の迷走を「EUはあざ笑っている」と見る離脱強硬派もいます。ロンドンに住む有名パブリックスクールのラテン語の教師で友人のリチャードは離脱派ですが「恥ずかしいというしかない」といっています。「ここまで来るとプライドの問題だ」ともいっています。

 今月24日からフランスのビアリッツで開催されたG7で、ジョンソン氏が頼りにするアメリカのトランプ大統領が、米英の「特別な関係」維持のため、離脱後には、すぐに「米英は貿易ですばらしいディールをするだろう」と心強い発言をしましたが、そもそも両者の基本的考えには隔たりがあり、助け船になるかを疑問視する声は消えていません。

 素人が考えても、2016年6月の国民投票以降、離脱交渉にかけた時間と費用は莫大です。手切れ金の支払いもあります。そこに今度は合意なき離脱の混乱に備え、ジャビド財務相は先月31日、「合意なき離脱」に備え、新たに21億ポンド(約2800億円)の追加予算を用意することを表明しています。

 果たして離脱にかけたコストの回収はできるのでしょうか。それは誰にも解答のない話です。ただ、捨て身のジョンソン氏が、議会を封印したことで、EUはジョンソン氏と向き合わざるを得ない状況ができたために、交渉に応じる可能性は、たとえ小さいとはいえ消えてはいません。

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