Populism1のコピー

 日本は今、世界の中で最もポピュリズムから遠い国と見られています。何に対しても冷静沈着で感情に走らず、過去に何度も政府が「国民の痛みを伴う改革」を断行しても、反発はいつも他の国より「限定的でした。企業内労働組合の制度の日本は、フランスのように経営者を会社に監禁したり、一カ月以上のストを決行したりせず、経営者側との話し合いで解決してきました。

 20年前、日産自動車が2万人を超える大規模人員削減を発表した時も、海外で想像されたような労組の抵抗はありませんでした。抵抗しすぎで会社を潰してしまうのは元も子もないとか、財政赤字を考えれば消費税を上げるのも、国営企業を民営化するのも仕方がないと、納得してしまうのです。

 相手の事情を思い計り、全体として有益な結果を出せれば、一部の組織や個人が不利益を被り、犠牲者が出ても仕方がないという世界に類を見ない物分かりの良さです。ま逆のフランスは、相手の事情は重視せず、自分の利益を優先するので、結果として不利益を被る者は、抗議の声を挙げなければ、泣き寝入りになるという考えが強いために激しく抗議するわけです。

 話し合いによる解決が理想なことは誰もが知っていても、トップに立つ者がいいと判断すれば、あとは従うか抵抗するかの選択肢しかありません。日系企業も労務問題で世界中で労組に悩まされていますが、この10年は労組を国が管理しているはずの中国でも、従業員の強い抗議運動に遭遇しています。

 香港の抗議運動はエスカレートするばかりで、香港経済界の影響を懸念し始めています。一国二制度の堅持を要求するデモ隊の抵抗は終わりが見えず、習近平政権最大の試練となっています。英国の長い統治で言論の自由や個人の権利の保障に慣れた香港市民は、独裁国家に命を懸けて抵抗している様相です。

 東洋には長い歴史の中に西洋のような自由や人権思想、民主主義、公共という考え方はなく、家族を単位とし、統治者に対しても服従することが求められてきました。日本でも未だに部下は上司に、役人は政治権力者に忖度し、下が上を盛り立てていく習慣は根強く残っています。

 言論の自由が保障され、意見が対立するのは当り前で、議論しながらその対立点を明確化し、そこから合意点を探ることこそいい結果を生むという欧米的意思決定の考え方は、日本には馴染んでいません。反対意見を堂々と述べるのは、空気を読めない人間と見なされたりします。

 たとえば日産自動車で昨年暮れにゴーン前会社長が逮捕されて以来、一般社員の多くは「いい車を今後も作り続けるだけです」と立場をわきまえた良識的見解を述べていますが、内心は会社と自分の行く末を心配しない社員はいないでしょう。その本音は押さえ込んで下僕のように働く日本人は多いと思います。

 しかし、本音を吐露しやすいSNSの登場で、事態は大きく変わりつつあります。最近の日韓関係の悪化について、ネット上では嫌韓感情が渦巻いています。日本が輸出規制を強化したことは正統であり、70年以上経っている従軍慰安婦や徴用工の問題を蒸し返し、まったく正当性のない反日言動を繰り返す文在寅政権に日本の世論は相当苛立っています。

 特に輸出規制で表面化した日本政府の半世紀以上に渡る韓国への優遇措置が具体的に明るみに出て、国民は呆れています。特に1980年以降に生れた世代は、敗戦とかアジアの反日などの事情に疎く、韓国や中国の日本批判をまったく受け入れがたいものとして怒りを持つ若者も少なくありません。

 何でも忖度し、感情に流されず、冷静さを保つのが正しいとしてきた日本ですが、政治家や役人の説明や対応に苛立つ声がSNS上に渦巻いています。これで若者に人気のあるオピニオンリーダー的人物が仮に「韓国をぶっつぶし、痛い目を見させるべきだ」といえば、一強に若者の世論はその方向に傾く可能性も出てきています。

 もともと理性的な専門家たちは、冷静な対応を呼び掛け、韓国との関係改善を優先すべきと主張する専門家の声が多いわけですが、彼らは専門家は、もともと事態を根底から変える資質を持つ人間ではありません。解説はできても政治力はないので、彼らの意見を聞いてもすっきりしません。

 日本は感情で行動することを野蛮としてきたために、ポピュリズムは拡がりにくいと見られていますが、SNSの存在が大きくなった今、政治家や組織のトップ、役人、専門家への不信感も拡がっています。誰もが何かに気を使いながら発言し、奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い発言をしているのに苛立つ一般市民は少なくないでしょう。

 国民感情を捉え、物事を動かそうとするポピュリズムの風が日本にも吹き始めています。それは国民の我慢が限界に達した時に一挙に吹き荒れるもので、日本の場合は我慢に我慢を重ねた結果、限界に達し、ヒステリックな行動に出るというパターンが歴史で証明されています。

 この場合は、超過激な世論が形成される可能性だってあります。それを防ぐためには、指導者は常日頃から一般市民の感情の動きに敏感でなければならず、無視しないことです。共感が重視される時代、上から目線の傲慢で無関心な態度では共感は得られないでしょう。

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