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 多様性(ダイバーシティ)効果が叫ばれてしばらく経ちますが、本当にいいことばかりなのかを疑問視する声は消えません。確かにビジネススクールなどの企業リサーチで異なる国籍や人種、女性を管理職を登用している企業の方が収益をあげているとか、もともと多文化のアメリカ企業が元気などという調査結果もありますが、その効果の本質が解明されているわけではありません。

 たとえば、同じような経験をして育ち、思考パターン、常識、価値観、知識レベルが共有されているチームは、それをベースに、よりレベルの高い仕事を追求できるのも事実です。共有しているものが多いために、そこはチームとして確認の必要がなく、省略できる効率性があります。

 常識の共有度の高いハイコンテクストの組織やチームで発展してきた典型的な国が日本です。最小限のコミュニケーションで情報を共有でき、意見対立が少なく、島国で農耕文化、自然崇拝の神道が生み出した和の精神が非常に効果的に機能したことは、あらゆる分野の質の高さ、完成度の高さに貢献しています。

 しかし、村のルールだけでは生きていけないグローバル化時代に入り、特定の内向きルールだけで動く集団や組織が適応不全を起こしているのが、今の日本の閉塞感を脱せない要因であります。村人も外の世界を知って、さまざまな気づきもあるのも事実です。

 たとえば、2005年に起きた福知山線の脱線事故の時、ロシアのメディアが「日本では線路のすぐ側に建物が建っていることが脱線事故の被害を拡大させた」と報じました。広大な大地に住むロシア人の感覚からは、目を疑うような線路と住宅の距離だということですが、日本のメディアに同じ指摘はありませんでした。

 5月に起きた滋賀県大津市の琵琶湖河畔のT字路で起きた園児を死亡させた悲惨な事故では、交通量が多いために対向車線の車を完全に止めてから右折させるように信号が設定されていませんでした。海外メディアは、その危険性や交通渋滞を考慮すれば、T字路そのものをヨーロッパのように回転式とか、道路を拡張するなどの措置をとっていないことに首を傾げています。

 日本国内では、事故が多発する四つ角問題などについて、土地に関わることは地主だけでなく、自治体、法務省、国交省、警察などの複数の省庁が複雑に絡み合い、縦割り行政で遅々として解決の方向に進まない現実があります。その間に何人の人命が失われるのかという視点は皆無です。

 20年前、倒産のリスクを抱えていた日産自動車は、下請業者との馴れ合いの関係、労使関係などで行き詰まり、手を下せないまま時間だけが過ぎ去り、結局、ゴーン前会長の大手術を受けることになりました。つまり、ハイコンテクスト文化は、集団の罠に陥りやすいということです。

 同じ種類の人間が集れば効率がいいとか、レベルの高い仕事ができると考えるのは善し悪しだということです。ま逆なのが会議で全員が賛成すれば、客観性が確保できず、他の選択肢との優劣の比較ができないというリスクがあることから決めないというユダヤ人の習慣です。彼らには数千年を生き延びてきた知恵があります。

 いい結果を出すことと、和や上司を重んじることは、どちらにプライオリティがあるかといえば、前者であることは明らかです。そのために和を遠ざける対立や緊張が起きることも仕方がないことです。

 無論、多様性は成功すれば、革新的なアイディアが飛び出すメリットがある一方、対立と混乱から「決められない」「前に進めない」非効率性のリスクもあります。ですが、集団の罠から抜けられないために自滅するのとどちらがいいかという話です。

 多様性効果の一つは、あくまで既存の枠組みにとらわれず、目的に対して白紙の段階から考えようとするゼロベース思考を可能にすることです。これがグローバル化時代には非常に大きな意味を持つ理由の一つです。

 日本は実は発展の原動力が海外からというパターンが多い国です。中国を手本とした時代、明治の開国で欧米を手本とし、戦後はアメリカによって民主主義システムが確立しました。多くの文明の発展パターンは異文化接触から生れています。

 多様性の効能は今後も研究が進められるでしょうが、私個人は多様性がもたらすゼロベース思考は、創造性に結びつくという観点で非常に大きな魅力を感じています。

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